第365話

 それより、そんな詐欺と性被害があったから『女性』を求めた、と言うのは分かるが。それでも『私』を求めたらダメだろうと思った。

「私は女性に性的な興味があるんだけど?」

「はい。ですから少し、迷いはしました」

 正直だな。彼女からすれば、本当は私が同性愛者でない方が良かったんだ。背に腹は代えられない消去法だね。そうと分かる形で答えてくるのは少し意外だったけど、その分、彼女が包み隠さず話していることも伝わってくる。

「ですが今はむしろ良かったのかもしれないとも、思っています。身体でお支払いすることが手段の一つとなりますし、男性と比べれば嫌悪もございません。ただ、母と妹については……」

「私は、痴漢や強姦をする気はないよ」

 思わず低くなった私の声に、ヘレナは目を見開いて、その瞳の奥に怯えを宿した。ひゅっと慌てた様子で吸い込んだ呼吸音を聞いて、私も同時に後悔していた。

「も、申し訳ございません! 疑うような物言いを」

「あー、いや。一度、被害に遭ってるなら怯えるのは道理だよ、怒ってない。ごめん」

 今のは私が過剰反応だったな。申し訳ない。さっきの男の話を聞いて苛立った気持ちがまだ、私の中に残っていたらしい。頭を冷やすようなつもりで、一度ゆっくり深呼吸をした。

「……とりあえず、見せて。恥ずかしいとは思うけど」

「いえ、お願いします」

 ヘレナは私に向かって深く頭を下げてから、ゆっくりと立ち上がる。そして少し躊躇いつつもスカートを脱ぎ、下半身だけ下着姿になった。

 はー。なんかなー、やだなー。

 そういう雰囲気じゃないのに女の子を脱がせるってのがなぁ。悪いことをしている気分にしかならない。まあ、治療みたいなもんだから、ここは割り切ろう。

 気を取り直して。

 くだんの魔法陣と思われるものが、彼女の下着の上から既に少し見えている。

 彼女はシャツをへその上辺りまで上げた後、そっと下着を下ろした。全貌が見えたところで、魔法陣に関する情報をタグが示してくれた。さっきまでの躊躇いを忘れ、私はじっとその模様を見つめる。きっとヘレナは恥ずかしい思いもあったのだろうが、黙って静止していた。

「ヘレナ、ちょっとだけ目を閉じててくれる? あ、触らないから」

「は、はい」

 彼女が目を閉じたのを確認し、私はメモを出して、彼女の魔法陣を転写魔法でそこに写す。これレベル10の生活魔法だからね。使っているのを見られたら困るので。転写した内容が実際のものと一致するのを軽く確認してから、見られぬように収納空間へと放り込む。

「もういいよ、目も開けて、服も着て」

「あの」

「いいから」

「……はい」

 私は別の紙を収納空間から取り出して、さっきタグが見せてくれた効果や気になる点を書き込んでいく。ヘレナは服を整えながら、私のその様子を横目に窺っていた。

「服を着たら、ちょっとこっちに座ってくれる?」

 そう言って、自分の目の前に椅子を横向きにして引き寄せた。ヘレナには、私から見て右を向く形で座ってもらう。

「ちょっと触るよ。変なことはしない」

「はい」

 服の上から、魔法陣の場所に手を当てた。触ると言うほどではないんだが、場所が場所だからね。私は魔力探知を伸ばして、慎重に内部を確認する。

「うーん……」

 これは、かなり根深いな。

 ナディア達の身体にあった焼印のように簡単に解呪できない。命を奪うと言うだけあって、魔力回路にまで深く絡みついて干渉している。厄介だな。

 彼女から手を離して、魔力で探って分かったことをまたさっきの紙にゴリゴリと書き足した。

「あのさー、まず、ヘレナ」

「はい」

「君、子供いる?」

「……いえ、おりません」

 私がなが~~~い溜息を吐くと、ヘレナが肩を微かに強張らせる。

「今、いくつ?」

 部屋に沈黙が落ちた。視線を向ければ、ヘレナはさっきよりもずっと身体を小さくして、口を噤んでいる。私はまた、少し不機嫌に溜息を吐いた。

「これ、魔法陣に関係ある質問だって分かってるでしょ。答えて」

「二十三歳、です」

「何で自分の話を先にしないの?」

 私の言葉に彼女は俯いた。責めるような言い方だったせいだろう。やや怯えた様子で肩を震わせていた。だけど私は少々苛立っていた為、気遣ってあげる気になれなかった。

「君の言う通り、この魔法陣を持つ人間は何をどうしても五十歳で死ぬ。だけど子供を産まないと二十五歳で死ぬ。君の方が期限が近いよ。知ってたね?」

「……はい」

 ヘレナのお母さんは『今年で』四十六歳だと言った。おそらくあと四年以上ある。ヘレナは『今』二十三歳だと言った。つまり期限まで、もう二年も無いのだ。

「その次は三十歳だ。もう一人、産まなきゃいけない。だから君には妹が居るんだね」

 私の問いに、ヘレナは肯定するように小さく頷いた。

 こんな呪いを受けても系譜が途絶えていない理由がこれで分かった。子供を産まなければもっと早く死ぬ。だから少なくとも周囲が、特に『親』が何としてでも自分の子に子供を産ませたがるんだ。自分の子が、少しでも生き永らえてくれるようにって。

 そして一人目を生んでしまったら、まだ幼い子を置いて死にたくないと思ってしまっても仕方がない。でももう一人を産めば、二人の子が成人するまで見守れる。子を産む選択をしてしまうことは、むしろ自然なことにすら感じられた。

 ちなみにこれは生まれるのが男でも同じ。奥さんに呪いがうつることは無いけれど、生まれる子供は呪いを持つ。男性も、女性が妊娠してくれないと二十五歳、三十歳で死ぬことになる。それ以上はどれだけ子供を作ろうと、五十歳で必ず死ぬ。

「母は何度も、五十年は短すぎる人生じゃない、自分は家族があって子供が居て幸せだったと言います。だから、二十五年で人生を閉じないでほしい、産んだ子供に与えるのは決して不幸だけじゃないからと」

 私が予想した通り、ヘレナは子を産んで生き永らえることを今、『親』から切望されている立場にあるらしい。

「母の子として産まれて、私も幸せでした。この呪いを身に宿したとしても、母が生きていてくれたのなら、それでいい。だけど……まだ死んでほしくない。妹にも、この悲しみを負ってほしくない」

 あんまりちゃんと聞いていると同情してしまいそうだから、聞き流しておこう。軽い相槌だけを返し、私は状況を整理する為にメモを眺めた。

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