第363話
何故かヘレナがあまりに酷く緊張していたので、話の前に一口だけコーヒーを飲みなさいと促した。ヘレナはちょっと笑ってから、コーヒーを飲んで、深呼吸を一つ。
「まず私は、アキラ様がどのような経緯と目的でガロ様の協力者でいらっしゃるのか、存じておりませんでした」
「あら」
そうだったのね。これは私が早合点して勝手に情報を与えてしまったな。ただ、別にどっちでも良いと思って喋った内容ではあるので、失敗したとまでは思わない。
「ですが予想はしておりました。以前ガロ様が『魔法陣に詳しい者』についてギルドへ問い合わせされていました為、直後に協力者となられたアキラ様は、おそらくそのような方なのだろうと」
「あー」
なるほどなぁ。確かに彼のそういう動きを知っていれば、その予想は誰にでも出来てしまうな。
それで、どれだけの人が今それを知っているのだろう。疑問に思い首を傾けると、察した様子でヘレナは続けて説明をしてくれた。
冒険者ギルド内で『魔法陣に詳しい者』を探して情報が照会されたことは、各支部に問い合わせの連絡も入っているので、支部統括や、調査に携わった一部の職員は知っている。だがそれを探している冒険者が『ガロ』であることまで他の支部に伝わることは無いし、ましてガロが協力者を登録したことなどは、人員管理をする一部の職員しか知り得ない。
だからヘレナも普通の業務内ではそんなことを全く知らず、私の情報を知ったのは、私が此処の支部で受付をした日。名前と番号から名簿を探して、そこで初めてガロの協力者であることと、その登録日を知ったらしい。
「ん? じゃあ、魔法陣に詳しい者を探してるのがガロだってのは、何処で?」
今の説明だと、探している冒険者がガロだというのを知るルートが無かったが。私が問うと、ヘレナは一つ頷いた。
「問い合わせにいらしたのは、此処なのです。ジオレンの支部でお尋ねになりました」
「えっ、そうなの? ……あ、あー、なるほど。確かに問題の場所から近いな」
頭の中で地図を思い出す。アンネスから見て、ジオレンは南西に位置する。魔法陣の問題が発生していたのはアンネスから南に向かった村だったし、距離的にはアンネスに行くにも、ジオレンに行くにも変わらないのかも。
そして『問い合わせ』に向かうならアンネスや他の小さな町より、ジオレンのような大きな街にあるギルド支部を選ぶのも、充分に理解できた。出会ったのがアンネスだからあそこで問い合わせをしたんだろうと単純に思い込んでいたけれど、あの時、問題が起こってからもう数か月が経っていたんだよね。問い合わせはそれよりずっと前に、違う場所――ジオレンで、済ませていたということらしい。
「ガロ様は有名な冒険者の方ですし、私もあの時、対応に加わっておりましたので」
つまり私が魔法陣に詳しい人間であると察せるのは、ガロの一件を知った上で、此処で私を受付したヘレナしか居ないのね。偶然って怖いね。
「守秘義務がございますから、知ったからと言ってそれを利用し、アキラ様に接触した私は、本来、許される立場ではありません」
「まあ、そうだね」
私の肯定に、ヘレナが身体を強張らせる。いやでも本当に。可愛い女性だからと言ってこれを看過するほど私はバカではないよ。
「今、そのことを知ってるのはヘレナだけ? 誰かに話した?」
「いいえ。誰にも話していません。私だけです」
ふむ。それならまあ少しマシか。これが守秘義務の範囲を逸脱する行為だと理解している彼女が、恥ずかしげも無く大っぴらに言いふらすことは今後も無いだろう。
そもそも、ギルド内ならその程度の情報は回っているのかもなーと思っていた為、私もそこまで必死で隠す気は無かった。ただこれが、ゾラやガロの厚意できちんと秘匿してくれていたにも拘らず、ヘレナが情報を利用して近付いてきたというのなら話は別だ。越権行為には違いない。
「私はそんなに甘い人間じゃない。ガロと、レッドオラム支部統括のゾラにもこの件を伝えて抗議するくらいのことは考えるよ」
二度、三度とあるようなら今後、私にとって不都合となるかもしれない。それならガロには悪いけど、協力は早めに打ち切ってしまった方がいいだろう。
私の言葉を聞きながら、ヘレナは俯いて、じっと断罪を待つように震えている。
「でも、君は罪を理解しているし、罰が下ることはないと高を括るような馬鹿じゃない。それくらいは、会話の受け答えで分かる」
雑談とは言え、三時間も食事しながら会話しているのだ。思慮深く慎重で、且つ、それなりに頭の回転が速いことも窺える。
そのヘレナが、あらゆるリスクを飲んで私に接触した。もしくはそんなリスクの判断が出来ないくらいに追い詰められていた――と考えるべきだろう。
「そこまでして、君は私に何を望むの?」
今の話を聞く限りは、魔法陣に関する詳しい知識などが欲しいんだろうと思うけど。正式にガロを通して依頼してこなかったという点も気になる。正しい手順を踏めばこれは大したリスクではなかったはずなのに。
私の問いに、ヘレナはゆっくりと、深く頷いた。頭を下げたのかもしれない。そして意を決した様子で顔を上げ、私を見つめた。
「端的に申し上げますと、私の身は、呪いに侵されています。私だけではなく、私の家族も」
この瞬間に私は「やられた」と思った。
自分が賭けに負け、もう逃げられぬ場所に入ってしまっていることに気付いて、唇を噛み締める。この後に続く事態が凡そ予想できてしまった。此処で慌てて彼女を黙らせても、もう一切の意味が無いことも。
「身体のある部分に、魔法陣のような痣が浮かんでいます」
内心で私が項垂れていることに気付かないまま、ヘレナは説明を続けていく。私ももう諦めて彼女の言葉を促すように頷いた。残念ながら私に残されている道は、ただ真っ直ぐ前に一本だけ。大人しく、進むしかないのだろう。
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