第361話

「それで、どうしてお食事に誘ってくれたのかな?」

 一通り注文が済んだところで、単刀直入に疑問を口にする。ヘレナは少し困ったように眉を下げた。

「アキラ様とお話ししてみたかったから、という理由では、いけませんか?」

「そりゃ勿論、構わないけどね」

 むしろそんな理由だったらいつでも喜んでお食事もお話しもさせて頂くよ。穏やかに女性と過ごせる時間はそれだけで幸せだ。ただ、その時間を女性側が心穏やかに過ごせないとしたら、私はそれを嫌だと思っている。

「もし君に何か目的があるなら、早く打ち明けてしまった方が楽だろうと思っただけだよ」

 何かを抱えながらタイミングを計り、食事の間ずっと緊張し続けるのは辛いだろう。そういう意味。

 ちょうどその時、食事が幾つか運ばれてきた。話を中断して店員に笑顔で礼を言い、私はヘレナの返事を待たずにさっさと料理に手を付ける。うん、美味しい。この店はキープだね、今後も利用させてもらおう。食べ始めた私とは対照的に、ヘレナはまだワイングラスを見つめたままで、じっとしていた。

「目的があるとお思いで、お付き合い下さったのですか?」

 さっきの回答よりずっと声が緊張しちゃっている。怖がらせようという気は無かったので、出来るだけ呑気な声で返事をした。

「うーん、別に。どっちでもいいかな。女性に誘われたらいつも受けるからね。何となく、ヘレナの場合は目的があるんだろうって思っただけ」

 それでもヘレナの表情は強張ってしまって、何処か言葉を選んでいるようだった。

「いや、別にいいよ。あっても無くても、言っても言わなくても」

 私に出せる最大の優しい声でそう言うと、ヘレナは視線を上げた。ギルド支部の受付台に座っている時とはまるで違う、頼りない目だった。この目であの受付台に居たら、付け入ろうと集る男が多そうだ。

「ヘレナはこの街、長いの?」

 話題を変えよう。重苦しく沈黙されてしまうと、虐めているみたいだからね。

「……そう、ですね、生まれはもう少し北西地域になりますが、此方に移り住んでからは十年が経ちます」

「それは長いねぇ」

 つまりヘレナって、幾つなんだろう。ゾラみたいな例があるとよく分かんないんだよね。ま、いいか。

「アキラ様は、冒険者ではございませんよね」

「うん。気儘な旅人だね。知ってるかもしれないけど、私は魔法について――いや主に魔法陣や魔道具についての知識やツテが多くてね。それを活かして小銭を稼ぎながら、国内をぶらぶらしてるよ」

 小銭って額じゃないけど、それはそれ。

 なお、私の立場を『ただの旅人』一点張りで通してしまっても良かったが、受付嬢だと少しくらい『協力者』としての私を知っているのかもしれないし、さっさと打ち明けておいた。勿論、全ては語らない。

「いつもご一緒のお嬢様達と旅を?」

「うん、私が保護者なの。可愛い子らでしょ?」

「ええ、とても。お揃いで歩かれているのを見た時、本当に驚きました」

 私の女の子達が褒められると嬉しくなっちゃう。ニコニコした。

「行き場を失くしてたから、旅の途中で拾ってきちゃったんだ」

「それはまた……豪快なお話ですね」

 実際はヘレナが思う以上に過激な話だけどね。いっぱい人も殺したからねぇ。と言えるわけも無い。ニコッと笑って誤魔化しておく。

「あ、そーだ、ヘレナ。この街で可愛い服を買うならどの辺りが良いのかな。女の子達にもっと服を買い与えたいんだけど、数件しか見付けられてなくてさー」

「ふふ」

 自分じゃなくて女の子達の為と言うと笑っていたが、中央通りに見当たらないと話すと、彼女も頷いていた。そしてどうやらこの街の洋服店は中央通りに限らず、あまり一箇所に集中していないらしい。落胆。でもヘレナお勧めのお店や、どういう系統ならどこ辺りのお店が人気かを詳しく教えてくれて助かった。再び礼儀としてメモを取る。熱心な私にヘレナはくすくすと笑っていた。

 洋服店の他にも、ヘレナは色んなお勧めのお店を教えてくれた。市場のブレンダとはまた違う観点で教えてくれたので、すっごく助かる。ギルドの職員さんって、何処も親切なんだなぁ。『冒険者』ギルドなのに、街の案内までしてくれるなんてさ。まあ、私が知っている職員はゾラとヘレナしか居ないけど。

 ヘレナは逆に、私が今までに訪れた街だとか、旅で見た景色、それから魔物とか。そういう、ジオレンの街中では見られないものに関心があるみたい。話の中で何度も目をきらきらさせていた。その瞬間はとても、幼く見えた。

 なお、私が食べる量はやっぱりちょっと引いてた。

「本当に沢山召し上がられるんですね……」

「楽しいよー」

「た、確かに、色々食べられて楽しそうではありますが」

「食費が大変だけどね」

 突然の現実的な言葉に、堪らない様子でヘレナが笑う。私はちょっと裕福なので生活が圧迫されるわけではないが、一般人だったら到底立ち行かない金額が食費として消えていきます。お酒が特にヤバいんだよね。

 ちなみに一回目の注文で沢山頼んで容易く平らげていくだけでも「なるほど」って顔をしていたヘレナだけど、私はそこから追加していくスタイルなので、以降も何度も注文した。だって一度に全部頼むとテーブルに乗らないし、食べてる内に冷めちゃうからさ。未だライスやパンと共にお肉を追加注文している私に、彼女はドン引きである。

 そうして私が満足する量を食べ終える頃には、この店に来て一時間半が経過していた。テーブルには少しのつまみだけが残り、八杯目になるワインを飲み干した私は九杯目を注文する。

「ちょっと失礼」

「はい」

 お手洗いに行こう。いっぱい食べていっぱい飲んだら、消化されるものがあるのでね。軽い足取りで店の奥にあるトイレに向かう。テーブルを離れる際、私は一度も彼女を振り返らなかった。

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