第359話

 奥のテーブルはそれぞれ衝立で仕切られていて、時間が掛かりそうな個別対応をする際に利用しているらしい。私達が案内されたテーブルの二つ隣でも、職員と冒険者が何かを話し込んでいた。

「お手紙のお受け取りのみで、宜しかったでしょうか」

「うん」

 他の用件は特に無い。私が素直に頷いたらヘレナも一つ頷いて、手に持っていた書類ケースから数枚の紙を取り出した。そして封筒も一つ。

「まず、宛名などにお間違いが無いか、ご確認をお願いいたします」

 手渡された封筒には私の名前と、冒険者ギルドの協力者カードに記されている番号が記載されていた。そして裏面には差出人であるゾラの名前。協力者として登録した時にも見た覚えのある彼女の筆跡だ。間違いなしを伝えると、次にヘレナは紙を二枚、テーブルの上に並べる。

「では此方と、此方に、お受け取りのサインをお願いします」

 提出用と控え用の二枚だね。私は頷きながら、手渡されたペンを笑顔で受け取る。

 しかし。ヘレナは初めて受付してくれた時と何も変わらぬ真面目そうな顔で、一見、きちんと仕事をしてくれているのだが。並んでいる書類の、控え用の方の紙に一枚のメモが付いていた。

『今度、一緒にお食事できませんか?』

 笑ったらダメなやつだよね。私は懸命に冷静な顔を保った。本日の見張りであるラターシャは確かに今も私の傍に付いているけれど、書類を覗き込むような不躾なことをする子じゃない。結果、メモに気付く様子もまるで無い。もしも見付けたとしても、遠目じゃ書いてある内容までは分からないだろう。

 私は指示されている場所に丁寧にサインをしてから、メモの空いているスペースに返事を書き込む。

『明日以降、十九時台を除いたら、いつでも』

 とりあえず今日はリコットの様子を見る為にも出掛けられない。それから十九時台は、女の子達のお風呂の開始時間である。魔法札を預けてはいるものの、まだあれは実験中のようなものだ。任せるにせよ、しばらくは見守りが必要なので。

「はい、書いたよ」

「ありがとうございます。少々お待ちください」

 ヘレナは私のサインを確認すると、対応者として自分のサインを書き、書類にそれぞれ一つずつ処理済みを表す判を押した。そして最後に、メモの上に何かを書き込む。

「では此方がお控えになります」

 渡された紙にはメモが付いたままで、明日の二十一時という指定と、待ち合わせ場所が書いてあった。

「うん、ありがとう」

 私はメモを一瞬だけ指先で突いてからそう言うと、ラターシャから見えないように書類を畳み、受け取ったゾラの手紙と共に収納空間へと仕舞い込む。

 さて。今回のは、何処に繋がっているのやら。

「アキラちゃん?」

 諸々を終えて何食わぬ顔でギルド支部を出た後、軽く振り返って立ち止まった私を、ラターシャが不思議そうに呼ぶ。緩く首を振って応えた。

「何でもないよ。リコが心配だね。急いで帰ろうか」

「うん」

 私達が宿に戻った時にはリコットはぐっすり眠っていた。もし普段のように眠り付けずに困っていたら催眠魔法も手段として考えていたものの、今回は大丈夫そうだ。というか、それだけ魔力枯渇による影響に参っていたんだろう。

 彼女を起こさぬように全員が静かに過ごし、自然とリコットが目を覚ましたのは、夕食よりも少し前くらいの時間。

 むにゃーと可愛い唸り声が聞こえた後、小さな欠伸の音が漏れてくる。みんなで苦笑を零し、彼女の動きを見守った。リコットは寝転がったままで手足を伸ばしてから、ゆっくりと起き上がる。

「あ~、ちょっと楽かも」

「良かった。うん、魔力も結構、回復してるね。でも今日はもう使わないでね」

「はーい」

 魔力枯渇がはっきりと体調不良として出た場合、魔力が戻ればすぐに改善するのかどうか私には分からなかった。枯渇しないから。そのせいで正直少し不安に思っていたけれど。どうやら魔力が回復すれば体調も同様に回復するらしい。これなら今日を安静に過ごし、ゆっくり眠れば明日には何ともないはずだ。

「ラタ」

「うん?」

「今日は私がみんなの髪を乾かすから、私の入浴中、ナディだけお願いできるかな?」

「あ、うん、分かった。そっか、私が一人で全員やったら私も枯渇するね……」

 そういうことですね。ラターシャはそんなに魔力が潤沢なわけじゃないし。

 勿論ナディアの分も私は出来るけど、私のお風呂の時間が遅くなる。ナディアはいつもそれに良い顔をしなくて、「私の分はいい」って言いがちなんだよね。ラターシャとリコットに任せていると特に文句は言わないのに……あれ? 私に乾かされるのが嫌なだけか?

 いやいや、まさかね。ふと過ぎった悲しい説は振り払って。とりあえず今日はそういう担当でみんなの髪を乾かすことにした。

 こうして誰の魔力も底を突くことなく、リコットも体調が徐々に回復して平和に過ぎたから。翌日の夜、私は安心してお出掛けできるのである。入浴を済ませた私が外出着になったのを見止めて、みんなが動きを止めた。

「おー、今夜はナンパかな?」

「ふふ」

 リコットの問い掛けが面白くて思わず笑ってしまう。そうだね、私が誰にも詳細を告げずに出掛ける準備をする場合、大体がそういう目的だ。

「まあ、あわよくばね」

 少し曖昧な返しだったが、嘘ではないし、普段もこういう心持ち。あわよくば。もし上手くいかなくても美味しくお酒が飲めれば御の字で。

「アキラちゃん、しばらく製図とか魔道具の製作に付きっ切りだったもんね。今夜はのんびり遊んできてね」

 リコットがそう言ってくれた。優しい。彼女の言葉に、何か言いたげな顔をしていた他の子達も表情が緩む。

 結局、私の軟派な性格というのはこれからも変わりようがないし、その点をみんなはあんまり否定してこない。だから単独の飲み歩き――特に女の子を引っ掛けようとするような夜の徘徊には、今までも絶対についてこなかった。『邪魔をしない』という考えだ。尊重してくれて、ありがたいよね。

 ただ今回は『約束』であって、厳密にはナンパとは違うんだが。ヘレナからは『食事』に誘われただけだ。そちらの方向に話が進むかどうかは、さて。彼女が私を誘った理由が明らかになってから、考えようかな。

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