第358話

 追加の中型照明と支柱の製作が完了してスラン村に納品すると、私達の生活はやや落ち着いた。

 製作予定の魔道具は、ほぼ全てにあの彫刻板が必要になる。小さいものなら数が少ないので私も我慢できるが、中型から大型の魔道具になると、やっぱり私は彫刻作業の多さに耐えられない。ので、そういうものはナディア達も一緒に頑張ってくれることになっている。平伏したら苦笑しながら了承してくれた。

 ただ、そうなると一層、無茶な製作は出来なくなった。彼女らに無理をさせたいとは到底思えないので、私にとっては丁度いい抑止になったのではないかな。

 だからもう四六時中ずっと机にしがみ付くようなことはしていなくって、作業は一日に一時間とか二時間くらいだけ。ちょっと集中しちゃった時はもう少し長引いてしまうが、そういう時は翌日をお休みにするなどして、ペースを調整していた。

 そんなある日の昼下がり。

「アキラちゃーん」

「はーい、可愛いルーイ、なんですか」

 私が小物の魔道具を組み立てていると、ルーイが外から帰って来るなり、ただいまの次に私の名前を呼んだ。嬉しくって頬を緩めながらそう返事をしたら、テーブルの方で本を読んでいたナディアが不快そうに眉を寄せ、ルーイにも苦笑された。何故だ。可愛いんだから仕方がないだろう。

「宿の人が、お手紙が届いてるって、アキラちゃんに」

「おお、了解。貰ってくるよ、伝言ありがとう」

 私はすぐに立ち上がって、ルーイをよしよしと撫でてから、そのまま部屋を出る。部屋から少し離れたところで、後ろからラターシャも付いてきているのに気付いた。一階で手紙を受け取るだけでも私には監視が付くみたいです。うーん、警戒されているね。

 変に心配を掛けないよう、受付で手紙を受け取ったら真っ直ぐに部屋に戻って、みんなの前で開く。差出人は、この街の冒険者ギルド支部だった。

「ああ、ゾラから返事が届いたみたい。取りに来いってさ」

「え~直接、此処に届けてくれたらいいのにねー」

 リコットが欠伸混じりにそう言った。まあ確かに、この手紙を宿に届けに来るなら、ゾラの手紙をそのまま届けてよと私も思うけど。どうやらゾラが『本人のみ受け取り可能』って制限を付けてギルド支部に手紙を届けたみたいだ。

 その辺りをちゃんと説明したら、リコット含め女の子達も納得してくれた。じゃあ受け取りに行きますか。ジャケットを羽織ると、同じく準備を始めたのは再びラターシャだった。

「今日はラタが来てくれるの?」

「うん、リコットは今日、何だか眠たそうだから」

「んぁ……」

 変な声が返って振り返ると、リコットがまた欠伸をしていた。みんなの視線が集まってしまって、リコットは照れ臭そうに口を押さえて俯く。その顔、可愛いね。

「本当に眠そうだね、大丈夫? 夜更かしもしてないのに」

「んん」

 私以外はみんな良い子で夜更かしをすることが無いし、昨夜もリコットは零時になる前にベッドに入ったはずだ。いや、しかしリコットは普段から寝付きがあまり良くない。もしかしたら上手く眠れなかったのかな? 心配した私の思考を察したのか、リコットが緩く首を振る。

「いや、午前中に、魔法を……」

 ふにゃっとした声でリコットが答える。あー。ステータスを確認したら、リコットの魔力残量がヤバイ。あと一息で一桁になる。これは酷い。

「未だかつて無い残量になってるから、今日はもう魔法、使用禁止だよ、リコ」

「はぁい……」

 何だかちょっと練習を頑張ってしまったんだね。気怠そうにテーブルに突っ伏すリコットの頭を、ナディアが心配そうな顔で撫でている。その光景は可愛いけれど、身体が怠そうなのは可哀相だな。

「早く回復する方法は無いのかしら」

 心配で仕方ないのか、ナディアが頼りない表情で私を見上げる。そんな顔をされると私も期待に応えてあげたくなるんだけどさ。うーん。

「眠れば、起きてるよりは早く回復するよ。でも、回復魔法で怪我を治すみたいな素早い手段は無いんじゃないかなぁ」

「そう……」

 悲しそうなナディアの声と表情に胸が痛い。すると突っ伏していたリコットが空気に気付いたらしく、ぱっと顔を上げた。

「あー、ごめん、私が勝手に無理しただけだから。じゃあちょっと昼寝してみるよ。ナディ姉も、そんなに心配しないで」

 彼女が明るく笑っても、みんなはまだ心配そうだ。でも言葉だけでそれを払拭させることが出来ないのはリコットにも分かるのか、困ったように笑うだけで、そのままベッドへ行った。そうだね、とにかく今は眠るのが一番楽だと思うよ。

「……すぐ帰るから、それまで様子を見てて」

「ええ」

 少し声を落としてナディアに告げる。私に言われなくても、可愛い妹が不調な時にナディアが傍を離れるはずもない。ただ、同じだけ私も彼女を気に掛けているんだよってことは、伝えておきたかった。気を張るのは、私が戻るまでで良いよって意味でも。

「じゃあ、さくっと行こうか」

「うん」

 ラターシャもいつまでも心配そうな顔でリコットを振り返っていたものの、私が声を掛けると慌てて駆け寄ってくる。早く行って、早く帰ろうね。

 そうして二人で足早にギルド支部へと向かえば、受付台の一つにヘレナが座っていた。

 一瞬だけ此方を見た彼女と目が合ったけれど、すぐに視線は逸らされ、目の前に立つ冒険者っぽい男性と話している。彼女の受付台は四人くらい並んでいて忙しそうだ。しかし男性職員が担当している受付台はあと一人しか並んでいなくて、あからさま過ぎてちょっと笑ってしまう。今日はリコットも心配だし、私は時間を優先します。ラターシャと二人、その男性職員側の列に立った。

「――アキラ様」

「え、ありゃ、ヘレナ?」

 しかし、並んでからたったの数十秒後。何故か私のところにヘレナが来た。いやいや、大盛況の受付台はどうしたんだ。思わず目を向けたら、さっきまでヘレナが座っていた台には別の女性が座っている。以前、ヘレナと話している時に元気に乱入してきた赤毛の子だ。リーゼルって言ったっけ。彼女が代わったらしい。

「交替したの? お疲れ様」

 私の言葉に、ヘレナは柔らかく目尻を緩めて微笑む。休憩時にわざわざ声を掛けてもらうほど仲良くなったつもりではなかったが――と思ったところで、彼女は少し身体を横に向け、受付台から更に奥に入ったところに並ぶテーブルの方を手で示した。

「手紙のお受け取りの件でしたら、私があちらで対応させて頂きます」

「ああ、うん。助かるよ」

 なるほど。伝言を聞いてすぐに私が来たから、用件を知ってくれていたんだね。私とラターシャは並んでいた列から抜けて、ヘレナの案内に従って奥に向かった。

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