第357話

 そうして迎えた爽やかな翌朝。

「大丈夫? ナディ姉」

「……ねむい、だけ」

 ナディアが起きなくなってしまいました。二日酔いかな。デジャヴだな。前はリコットだったけど。

 とは言え、さっき答えた言葉も『本当』のようだし、吐き気や頭痛は無いみたいだ。

 私は静かにナディアの頭の方へと手を近付ける。勿論ナディアはすぐに気付いて猫耳を此方に向けたが、動かなかったので幸い。えい。ナディアがふんわりと光を帯びた。

「え、ちょっ、アキラちゃん今、何したの?」

「おやすみ~って」

「魔法使った?」

「うん」

 催眠魔法です。ただ、極々弱いものにしたので、大きな声を出したり揺さぶったりする程度で解けてしまう。静かにね。ジェスチャーで願えば、みんなが口を閉ざした。

「さて」

 ナディアのベッドに膝を乗せて、更に彼女の方へと身を寄せる。私に背を向ける形で横を向いて眠るナディアの身体の上で手をふわふわ動かした。

「ふむ。回復ヒール

 魔力探知の応用で弱ってそうな場所を探り、回復魔法を掛けてみる。少し手応えがあった。ちょっとの内臓疲労だと思うけど、これで今の不調は少しマシになるのではないかな。私が静かな声でみんなにもそう説明すると、リコットが感心した様子で頷く。

「へぇ~、二日酔いにまで効くんだ」

 軽く頷いたものの、正直に言えば私も半信半疑だった。

 だから寝かせた状態でやったんだよね。変な期待をさせたくないし、でも説明も無く私がベッドに上がることを、流石にナディアは許してくれないだろうし。

 あと、内臓疲労が取れてもアルコールが抜けるわけじゃないので、もう少しナディア自身の身体には消化を頑張ってもらう必要がある。眠ってしまった方が楽だろう。

「少しこのまま寝かせておこう。起きる頃にはきっと楽になってるよ」

 今回の催眠魔法は十五分程度で切れる。あとは自然な眠りだから、すぐに起きるはず。起きた時にすっきりしていれば良し、まだ辛いようならまた考えよう。折角の誕生日会、悪い思い出が付いたら嫌だからね。

 自然と目を覚ますのはお昼頃になってしまうかもしれないが、彼女の分の朝食も一応、残しておきますか。とりあえず他のみんなは朝ご飯を食べようね。

「催眠の魔法って、属性は『特殊』なの?」

 朝食を摂りながら、そして眠るナディアを気にしながら、リコットが静かな声で問い掛けてくる。私は軽く首を横に振った。

「いや、これは生活魔法だよ」

「……生活に必要?」

 難しい顔で呟くリコットの指摘は尤もだと私も思う。横で聞いていたラターシャが笑っている。彼女はこれが生活魔法であると知っているのだ。だから、説明してくれたのも彼女だった。

「かなり上級の生活魔法で、本当は自分に掛けるんだよね?」

「そうそう」

 私は頷きながら、一冊の本をリコットに手渡した。魔法分類に関する本だ。ナディアとラターシャは読みたがったから貸してあげたが、リコットとルーイは読んでいない。この本が一番多く、魔法の例が書いてあった。レベルまでは触れられていなかったものの、低級か上級かくらいは言及されている。

「へえ~身体強化も同じかぁ」

 リコットが記載箇所をじっと見つめながら呟く。私が時々、戦う時に利用している魔法だね。つまり自らの身体に掛ける状態変化魔法は弱体も強化も一緒くたで、全て『生活魔法』の上級に位置している。私が知ってるゲームの知識では、そういうのって全部、白魔法使いがやってくれたんだけどな。白魔法という分類はこの世界には無いようだ。回復魔法は属性としては独立していて、回復以外の魔法を含めないようだし。

「あー、そっか、消音と消臭も生活魔法なんだ。確かにこっちは生活っぽいかな……」

 気になって前後のページも読んでいるみたい。同じく内容を知らないルーイも横から覗き込み始めて、今は二人で本を真剣に見つめている。可愛い。

「まあ、だからさっきの話、催眠を他人に掛けるのは応用だから、レベル外かも――」

「ねえアキラちゃん、土属性の項目が無い」

 無視されちゃった……。催眠の話はもうどうでもいいですか、そうですか。ちょっとしょんぼりしている隙に、問い掛けに答えたのはまたラターシャだった。

「『地』だよ、リコット。『土』は口語だから、本では必ず『地属性』って書いてあるの」

「そうなんだ? あー、あった。これかぁ」

 リコットは魔法について本から知識を得たことが無かったようだ。知っていることのほとんどが、口頭で聞いた知識だったのだろう。『地』と『火』が文字数と母音のせいで聞き間違えやすい為、話す時は『地属性』ではなく『土属性』と言われることが多い。これは日本語でもそうだけど、ウェンカイン王国の言語でもそうなのだ。『地』と『火』の音が近い。

「私も知らないことが結構多いんだなぁ……アキラちゃん、これ借りていい?」

「勿論。ルーイも、気になるなら一緒に読んだらいいよ」

「うん、ありがとう!」

 さておき、リコットには聞き流されてしまったが。上級を更に応用した催眠魔法で眠っているナディアは、こうして会話に夢中になる私達が近くに居ても起きる様子は無い。以降も寝返りすら打たずにぐっすりと眠り続け、起きたのは一時間後だった。

 しかも、その第一声がさ。

「……アキラ」

「はーい!」

 私の名前なんだから、可愛いよね。

 机に座ってまた製図して遊んでいた私だったが、呼ばれるや否や勢いよくペンを放ってナディアのベッド脇にダッシュ。床に片膝をついて、枕に頬を埋めているナディアと視線の高さを合わせた。

「呼んだ?」

 数秒間、呆けた様子で私を見つめ返したナディアは、溜息交じりに一度、枕に顔を埋めた。寝起きの顔を隠したようにも見えて可愛かった。

「……用は無いわ。寝惚けただけ」

「あはは、そっか。具合はどうかな」

「少し寝たせいかしら、随分と楽よ。もう大丈夫」

 回復魔法を掛けられたことを知らないナディアはそう答えると、身体を起こした。不調である様子は無いな。回復魔法もよく効いたようだ。良かった。

「一応、朝ごはん残してあるからね」

 内臓疲労は魔法で取ってあるが、それで完全に食欲が戻るかは分からない。もしお腹が減っているなら、無理のない範囲でと言い含めて、傍を離れた。これ以上は私が何もしなくても、他の子らが世話を焼くでしょう。既に後方でそわそわと此方を心配そうに窺っている気配があるのでね。

 ナディアは結局その後すんなりとベッドから下り、みんなが心配して声を掛けるのにも穏やかに応えていた。遅い朝食はスープしか摂らなかったものの、お昼ご飯はいつも通りに食べていたし、もう本当に問題なさそう。

 さて。今日からまた日常だね。

 私は改めて、魔道具製作に勤しみましょう。

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