第356話
ワイングラスを一旦置いて、ケーキのお皿を片付ける。夕食の分は小休止していた間にもう綺麗に片付けてあるから、すぐに終わる。後はのんびり飲み――いや。
「宿に戻る?」
そういえば宿があったな。何かもう、いつもの馬車旅中の野営気分だった。
私の言葉にリコットは「えー」と、やや不満にも聞こえる声で唸った後、ナディアを窺う。
「ナディ姉の好きにして良いよー」
いやぁ。リコットが少しでも不満気にしちゃったら、ナディアはそっちを優先にしちゃうんじゃないかなぁ。心配しつつ私もナディアを窺ったら、みんなから視線が集中してもまだ彼女は無言でワインを傾けていた。リコットはそんなナディアの様子を少しの間、黙ったままでじっと見つめる。
「さっきもちょっと思ったんだけどさ、ナディ姉、酔ってる?」
それね、私も思ってた。いつもと反応が違うんだもん。リコットの問いにのんびりと瞬きを一つしたナディアは、「少しね」と返した。自覚はしていたのか。少し……タグも一応それを『本当』とは出しているので、そこまで心配をする必要は無いんだろう。しかしナディアは酔うとこんな感じか。いつもよりちょっとのんびりさんだな。可愛い。
「じゃあ、ほろ酔いのナディが眠くなったらすぐに休めるように。もう部屋に戻ろうか」
少しぼんやりしているナディアの頭を軽く撫でながらそう言うと、みんなが頷いた。ちなみに撫でられた本人はいつもみたいに頭を振って嫌がる様子も特に見せず、大人しかった。可愛いけど、反応が薄くて逆に不安になるな。
でもテーブルの片付けを始めたら遅れつつも立ち上がって動いていたし、ふら付くことも無かった。ただ少しのんびりしているだけか。うん、やっぱり可愛い。
「寂しいけど、そろそろお洒落の時間も終わりかな」
宿に戻ったらまず、お風呂の準備。それが済んだら、もうみんなは着替えてしまうんだよね。愛らしい姿を目に焼き付けよう。私が無言でしみじみと見つめた為、ちょっと困った顔で笑われてしまった。程々にしないと嫌われますね。お湯の準備をします。
準備を終えたら、ルーイが最初にお風呂に入っていった。いつも通りの順番だ。
「ナディは先にお化粧を落とそうね、やってあげる」
当然、メイク落としもきちんと用意してある。私のお姫様の美しい肌を荒れさせないようにしなくてはいけない。のんびりしていて返事の無いナディアの前髪を勝手にピンで留め、メイクを落とし始めたが。ナディアはずっと大人しかった。いや、この子はいつも大人しいけど、渋々じっとしていると言うより、無防備にじっとしている感じがする。
「よし、完了。後はいつも通りのケアで良いからね。違和感は無い?」
「特には。ありがとう。……なに?」
終わった後も私が正面からじーっと見つめたままだったから、ナディアが首を傾けた。その様子もしっかりと見守って、私は笑みを深める。
「ううん。化粧を落としても君はやっぱり綺麗だと思って。着飾っていなくても、お姫様みたいだ」
ナディアの手を取り、その手の甲へと丁寧に口付ける。
一秒の間を空けてからリコットが背後で「おー」と感心した様子で声を上げた。瞬間、ハッとした様子でナディアが自分の手を引き抜いてしまう。しばらくぼーっとしてたのが可愛い。不満そうに眉を寄せているナディアに笑い、頭を軽く撫でておいた。
その後、私が少し目を離している間にナディアの手にあったグラスは無くなって、温かいお茶に変わっていた。丁度その時にグラスを流しで洗っているリコットが居たので、きっと彼女がお茶に変えさせたのだろう。いくら酔っていても、妹分に言われて渋るナディアではないからね。
「ナディアお姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「私達じゃ、中の音は聞こえないし……」
「もし具合が悪くなったら、ナディ姉、壁を叩くんだよ、こっちの壁」
お風呂の順番がナディアに回ると、みんなが大変心配そうに彼女へと声を掛ける。普段、誰かの具合が悪い時はナディアが外からでも音を聞いて見守っているけれど、今回は心配の対象がそのナディアだからね。しかし長女はそんな妹達が可愛いのか、「大丈夫よ」と言いながらも、笑みが零れていた。
宣言通りナディアは大事なく上がってきたが、やっぱりいつもよりは少し時間を掛けていた気がする。髪を乾かす係のリコットとラターシャが何度も顔色を窺っていて、その度に、ナディアは堪らない様子で口元を緩めていた。女の子達がみんな仲良しで毎秒可愛いね。
さて。ナディアが出てくると次は私が入る番なんだが。一応、ナディアの具合が悪くならないことを確認する為に待機。湯は冷めてしまうかもしれないけど、自分で温め直すので大丈夫です。今日はリコットが温めたお湯でもないので怒られない。
十五分ほど見守ってもナディアの様子が変わらないのを確認し、ようやく私もお風呂に入る。ああ、でも、その前に。
「ナディも含め、全員もう寝た方が良いよ。リコも結構、飲んだでしょ?」
「んー、うん、まあ」
苦笑いでリコットが頷く。ナディアを心配し始めてからは少ししっかりした様子だったものの、それまではリコットの方が酔っている顔をしていた。身体のアルコールが消えたわけではない。もう休んだ方が良いだろう。
言い含めたら、みんなもうベッドに入る支度に入った。よし、それじゃあ私はお風呂に入ろうかな。
そうしてゆっくりお風呂に入って出た頃には、促した通りもうみんなは寝静まり、テーブルにだけ明かりが残されていた。
零時も回っている。だがしかし私はまだ飲むんですよね。新しいグラスを取り出す。飲み足りないわけではなくて、半端に飲んだボトルを放置して味が落ちてしまうと勿体ないので、もう空けてしまおうと思って。
それにこういうパーティーの後は、眠るみんなの寝息を聞くだけの時間ってのも悪くない。可愛かったなぁ。可愛いなぁって、反芻する時間が肝要なんだ。
静かな寝息が漏れる薄暗い部屋の中で、私は一人、穏やかな幸せに浸りながらグラスを傾けていた。
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