第355話_デザート
姉二人のやり取りを何処かおろおろした様子で見つめたルーイが、少し慌てて口を挟む。
「一番は無いの?」
ナディアは可愛い末っ子からの問いを受け止め、彼女を見つめ返して一つ、目を瞬いた。
「特に……ない、と思うけれど」
「うん、『本当』って出てますね」
答える時、ナディアがちらりと私を見たのでそう伝えた。自覚とは違う結果がタグに出るのではないかと不安に思ったのだろうが、間違いなく『本当』と出ている。つまり彼女は事実、『一番』好きなケーキというのが無いらしい。
「でも甘いものは好きだよね?」
「ええ。だから、そうね、その時メニューを見て、一番食べたいものを選んでいるだけで」
その種類が毎度ばらけるのがすごいよね。私はついつい、チョコレート系ばっかり頼んじゃったりするんだけど。いや『好み』ってそういうもんじゃないかな。自分で気付かなくっても、つい選んじゃう、みたいな。それが全く無いってすごくない?
「だから」
みんなが困惑している中で、ナディアの声は何処か、上機嫌だった。
「何が出てきても楽しいわ。どうせアキラが作るものにハズレも無いわけだし」
「ハードルが上がったなぁ」
変に楽しそうにしていると思ったら、私を揶揄う意図もあったらしい。ワインを傾けながら、ナディアがくすりと笑う。
「まあ、でも、うん。スイーツとしては自信作だよ。そろそろ食べる?」
時計を確認すればもう食事から一時間と少しが経過している。みんなが嬉しそうに頷いたので、収納空間で冷やしていた、とっておきのケーキを取り出した。
「わー、綺麗!」
「チョコレート?」
「うん。これは私の世界ではオペラって呼ばれるケーキだね」
まあちょっとだけアレンジはしているけど、基本はあれに似せてある。表面がつやっとチョコレートでコーティングされているので、チョコレート好きなら一目で好きだと思っちゃうケーキだね。
さて切り分けますよ。みんなの食べやすい大きさに切って、それぞれのお皿に乗せていく。
「美味しいー!」
感想第一号はルーイでした。大体いつも彼女が一番乗り。しかし今回は元気に叫んだ後すぐに次のひと口を含んだ為、続く感想は無く、何かふんふん言ってる。可愛いねぇ。
「複雑なおいしさ……」
「それなの。だから感想が難しい。でも美味しい……コーヒーの香りもする」
「うん、入ってるよー」
リコットとラターシャの感想が妙に真剣で可愛い。二人とも頬を上気させて嬉しそうなのにちょっと難しい顔してて面白い。
「何層にもなっているのね。それぞれ触感と味が少しずつ違っていて、すごく楽しいわ」
長女さんが丁寧な感想を言ってくれた。みんなは食べながら深く頷いている。っていうかリコットとラターシャはもう感想を諦めたんだね。黙々と食べていて、喋ろうという様子が無くなっていた。
「真ん中のクリームに重ねてあるのは、パイ生地かしら」
「そう。本来のオペラケーキに入っているのを見たことは無いんだけどね。合うんじゃないかなぁって思って、頑張って入れてみた」
サクサクのパイ生地を粗く砕いたやつ。パイクラムって言うんだったかな。触感が楽しいけど、あんまり沢山入れると食べている時に割れやすくなるし、少ないと触感が感じにくいので中々難しかった。でも、うん、いい感じじゃないかな。大成功。満足しながら私も自分用に切り分けたケーキを食べてのんびり頷く。
女の子達はあんな豪快な夕食の後なのに、一皿分、きっちりと平らげてくれた。ご満足いただけて何より。残りは私がきちんと食べ切ります――。
「アキラ」
「はーい?」
「……もう少しだけ頂戴」
「えっ、うん。どれくらい食べられる?」
珍しい。女の子達はほとんどおかわりしないのに。中でも特にナディアは量を食べない。
「気持ち、小さめ」
「ふふ。気持ちね、了解」
つまりもうほとんど同じ大きさで良いんだろうな。半分じゃ嫌なんだろうな。
五分の四くらいのサイズで切り分けて「どう?」と聞けば、ナディアがしっかりと頷く。可愛い。余程このケーキが気に入ってくれたらしい。頑張って作って良かったなぁ。
「わ……」
「わ?」
残りの三人が何やら渋い顔をしている。ややフライングして一音だけ漏らしたのはリコットで、改めて最初に口を開いたのも、リコットだった。
「私はさっきの半分の大きさを下さい」
「私も!」
「うーん、私は……」
「あはは!」
全員、おかわりはするらしい。リコットとルーイは最初の半分ね。ラターシャだけはまだ大きさを迷っているようだったので、先に答えた二人の分を切りながら待つ。
「最初のと、同じ大きさ」
「おっ、いいねぇ」
ラターシャが一番大きいおかわりだった。可愛い。
最終的には全員、追加で乗せた分もきっちりと食べ切ってくれた。もう女の子達の満腹度は百パーセントを超えちゃったんじゃないかな? でも苦しそうって言うよりは、満足そうで嬉しいね。
「気に入ってくれたみたいで良かった。心配しなくても、また作るからね」
私の言葉に一様に目尻を緩めて喜んでくれるこの子達が本当に愛しいな。
少し残ったケーキは私の胃袋に入れますが、思ったよりみんなが食べたので胃袋に余裕があるな。おやつ食べよーっと。つまみをテーブルに出しておく。こいつまだ食べるのかって顔されたけど、気にしないでまずはお片付けです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます