第354話
夕食用のテーブルを私の居る調理場側に出して、その上に今夜のご馳走を並べていく。
「できたよ~。みんなおいでー」
その言葉と同時に、互いの間にあった衝立を全て私の収納空間へと吸い込んだ。私の声と、取り払われた目隠しに反応して、みんなが振り返る。そして、ほかほかと湯気の立ち昇るテーブルに、ぱっと明るい笑みを見せた。
「わーい!」
「ずっといい匂いしてた~!」
みんなが忙しなくテーブルの上を片付けて、此方に駆け寄ってくる。可愛い。夕食は逃げやしないのに。
「わあ、大きいお肉!」
「これステーキ?」
「高そうなお肉……」
それぞれのお皿には二つのメインディッシュが乗っている。一つは、特上の美味しいお肉をガーリックオイルでざっと焼いただけのステーキ。お肉そのものが美味しいからそれだけでも充分だけど、先日ナディアと行った酒場で食べたソースも添えてある。あれはお肉によく合う味をしていたからね。
そして、もう一つの方を見たみんなは揃えて首を傾げる。ナディアの尻尾がくるん、くるんと好奇心を示すように揺れた。
「丸い方は、何? お肉……の匂いはするけれど」
「これはねぇ、ハンバーグだよ」
「ハンバーグ?」
そう。この世界、ハンバーグをまだ見ていない。何処かにあるかもしれないが、少なくとも女の子達は知らないようだ。
ひき肉は時々見るものの、炒め物や、ミートソース等に利用されているだけ。細かくした肉を再び一つにまとめ直して焼くという発想にはならなかったらしい。こんな表現をすると確かに「なぜ」とは思うが。でもこれが美味しいんだよね。それにひき肉だけを成形し直すわけじゃなくて、玉ねぎやパン粉、その他調味料と混ぜてまとめるわけなので。
なお、調味料は『似た』ものがあるだけで同じものは無く、再現するのに苦労した。けれど先日ようやく私が元の世界で作っていた味に近付いた為、胸を張って披露することに。
「まあまあ、温かい内に食べてみてよ」
言葉で説明するよりも、実食あるのみ!
勿論、披露したいって気持ちだけで今日のディナーにハンバーグを選んだわけじゃない。本日の主役のナディアが、結構お肉が好きだからである。なので今日はこんな肉々しい取り合わせにさせて頂きました。サラダやスープも付いてるけどね。メインが肉と肉。
私はこれをライスと一緒に食べますがみんなはどうかな。確認してみたら、ちょっとのライスとちょっとパンで食べるって。両方を楽しみたいわけですね。贅沢さん達め。前言撤回、私もそうしよっと。
「美味しい~!」
「なにこれ凄い」
見慣れないハンバーグなるものを口に入れたみんなが、賑やかに喜んでくれる。その声に紛れるみたいに、目をいつになくきらきらと輝かせたナディアは「これ、私、好きだわ」と小さく言った。
「ナディの素直な感想をまた頂きました~!」
大袈裟に私が万歳したら、みんな笑ってた。だって普段は「美味しい」という言葉も割と淡々と告げてくる長女さんだし、何も言わずに尻尾の先を振ってるだけのこともあるので、この反応は嬉しいよ。
「これ、私の故郷じゃ家庭料理なんだよ」
今日はフライパンで軽く焼いた後に窯に入れたけど、フライパンだけで調理する方が一般的なのかな。特殊な調理器具も要らないし、材料もお手頃な価格で手に入る。調理方法も単純で簡単なのにすごく美味しい。家庭料理になって然るべき、だと私は思う。あくまでも個人の意見です。
「だから色んなアレンジがあるよ。中にチーズを入れたり、上にもチーズを乗せて炙ったり」
「え~それも美味しそう!」
ポテトサラダやゆで卵を入れる人も居たかな。ソースも色々あるもんなぁ。今度ハンバーグパーティーしてもいいかもね。色んなハンバーグ、色んなソースで。
「アキラちゃんだけ二つずつあるの面白いよね」
「慣れないなぁ……」
苦笑いしている女の子達の視線の先、私のお皿にはみんなの二倍のお肉が乗っている。これでも控え目にしたつもりだったのに、みんなに引かれてしまった。おかしいなぁ。
「アキラ」
「ん?」
「軽めの赤が欲しいのだけど……どれが良いかしら」
「ふふ、そうだね。ナディにも飲みやすいのを出すよ」
メニューから選ぼうとしつつも、赤に馴染みの無いナディアにはよく分からなかったようだ。私が選びましょう。やっぱりお肉料理には赤ワインだよね。でもナディアはあまり重たいものを好まないから、軽めで、且つ、今日のお肉に合うものだね。
「うーん、ナディ、どっちが良いかな? ちょっと試飲してみて」
二種類の赤ワインをグラスにそれぞれ注ぐ。単体で飲むなら、一番軽いのが好きだろうなと思いつつ、食事と合わせるならもうちょっと重くても良いかも――と悩んでしまった為、本人に選ばせることにした。ナディアも少し悩んだ顔をして、一度お肉に視線を落とし、やや重い方を選択。やっぱりお肉と一緒ならこっちが良かったか。試飲してもらって正解だったね。
なお、リコットはとびっきり重たいやつが良いってさ。そうだね、私もそう。一緒に飲もう。
そうして肉料理に大いに舌鼓を打ってくれた後。かなり重たい晩ごはんだったので、ケーキは少し休憩してから食べることになった。
「今日のケーキはどんなのかな~」
「楽しみだね!」
「ふふ、私達の方が楽しんじゃってないかな」
リコットとルーイに続き、最後にラターシャがそう言って笑うと、ナディアもくすりと小さく声を零して笑った。
「あなた達の誕生日は、私も楽しんでいたわよ」
みんな甘いものが大好きだもんね。ケーキを楽しみにしてくれるのは大変、嬉しい。ただし今日の私は少しの憂いがあった。
「ん~喜んでくれる、とは思うんだけど」
「あれ? アキラちゃんにしては控え目な発言だね」
言い方一つでいつもとの違いを察知してくれるリコットは流石、鋭い。感心と驚きと、自分が理解されているような気がしてちょっとの喜びを抱きつつも、私は苦笑して首を傾ける。
「いやぁ、ナディの、スイーツの好みが把握しきれてなくってさ。いつも、色々食べるし?」
よくあるスポンジケーキや、タルト系、パイ系。味もクリームチーズ系、チョコレート系、フルーツ盛り沢山のものと。みんなでカフェに行ってもケーキ屋に行っても。彼女が選ぶものは一貫性が無い。嫌いなものが無いようにも見えるから、「喜んでくれる」のだとは思うけど。何を「一番」喜んでくれるかが、全く分からなかった。
私のその説明に女の子達は少しの間、静止して。それから、私またはナディアへと視線を向けていた。
「そうかも」
「確かに」
「あれ? 嘘、ほんとだ。知らない」
リコットは何処かショックを受けた顔までしている。しかし渦中のナディアは涼しい顔でワインを飲み続けており、特に何の反応も無かった。
「あの、ナディ姉?」
やや困惑した顔でリコットが名前を呼んでも、のんびりと視線を上げて首を傾ける。
「好きなケーキは?」
「どれも好きよ」
その言葉はまるで求めていた回答ではなく。リコットはそのまま頭を抱えてしまった。
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