第353話

 ルーイはもうすっかり肩を震わせて笑っているし、ナディアは表情を引き締めているものの決して飲み物は口に運ぼうとしていない。あとちょっとで笑いそうなんだろう。

「罰なんだから嫌じゃないとダメでしょ。ほら座る」

 一番すごいのは真剣な顔のままでラターシャを追い詰めているリコットだ。私ならちっとも表情が保てずに口元が緩んじゃうだろうね。

「で、でも、わ、私の罰なのに、アキラちゃんも困るでしょ」

「アキラちゃんは困らないよね? 可愛いラターシャをお膝で抱っこしたいよね?」

「まあ、うん、したいね」

「ちょっと」

 迷わず頷く私に、ラターシャが不満そうに低い声で唸る。だって。嘘は吐けない。出来るものなら抱っこしたい。みるみる内に赤くなっていくラターシャが愛らしくて、私も一層、楽しくなってきた。

「よし、いつでも来い!」

 両手を広げると、ラターシャが座ったままで仰け反った。別に追いかけてまで捕まえる気は無いのに怯えてて可愛いな。

「ほ、本気で言ってる?」

「勿論」

 きりっと真剣な顔で、尚も求めるようにラターシャに向かって腕を大きく広げた。しかしラターシャはむしろ仰け反る角度を深くして、拒絶している。流石にそこまでされるとちょっと悲しいかも!

「ラターシャはアキラちゃんに謝罪すべきだよね~」

「ね~」

 リコットの追撃にルーイが乗っかる。可愛い。ちなみにずっと静かに傍観中の、本日三割増しで美人のナディアは笑いを堪えるのも落ち着いた様子で、のんびりとカクテルを傾けていた。絵になるね。

「謝罪は、勿論するよ、アキラちゃんの気持ちも考えないで、簡単に言って本当にごめんなさ」

「だめ。深く傷付いたこの心はラタを抱っこしないと埋まらない」

「もうっ、アキラちゃん!」

 折角きちんと謝ってくれたのにふざけて返したから、怒られちゃった。ふふふと笑って、ラターシャの頭をそっと撫でる。いつもならぐりぐりと、わしゃわしゃと無遠慮に撫でるんだけど。今日は私が可愛く整えているからね、崩してしまわないよう、控え目に。

 そして私はテーブルと距離を空ける形で座っていた椅子を、テーブル側に少し寄せた。

「えー、抱っこしないのー?」

「あはは、これ以上はもうラタがゆだっちゃうよ」

 納得いかない様子で、むーと口を尖らせているリコットの横で、何故かルーイまで一緒にむーってしてる。可愛いけど。あんまり揶揄ったらダメだよ。まあ私も存分に楽しみましたが。

「わ、私は、別に嫌なわけじゃないよ、恥ずかしいだけで……」

「あはは、うん」

 唸りながらもラターシャが締め括った言葉が可愛かったから、充分、嬉しかったよ。

「ラターシャは本当に照れ屋だよね~。恋愛小説、ちゃんと読めるの? 恥ずかしくて閉じちゃってない?」

「そんなことしない。もう、揶揄わないでったら」

 膨れっ面でもラターシャは可愛いねぇ。改めてワインボトルを手に取る。可愛いを肴に飲みましょうねぇ。

 その後しばらく揶揄われていたラターシャだったが、リコットとルーイが最近読んだ恋愛小説の話をしたら、次にラターシャが童話の話をして。その流れでナディアまで自分の好きな本の話をしようとするから、怖がりの女の子達がきゃーきゃー騒いで。

 他愛ない話に流れて行って、私が作ってしまった変な空気は、夕食時にはもう少しも残らなかった。

「じゃあシェフ係の私はまた少し、離れますね」

 本日の一番のご馳走を準備しなくてはいけません。立ち上がると、リコットが私を見上げる。ちょっとだけ酔いが回っているのかな、いつもより目尻が下がって、頬が淡い桃色だ。

「私達は、お手伝いしなくていいの?」

「大丈夫だよ、すぐだから」

「――アキラ」

「ん?」

 すっかり夜なので上着を羽織って行こうと思い、部屋の奥に移動したところで、お誕生日のお姫様に呼ばれて振り返る。ナディアは私をじっと見つめて、それから少し考えるように視線を落としてから、また見つめてきた。美しいのでその動きを見ているだけで満たされますが、お姫様は一体どうしたのかな? 改めて首を傾けると、ナディアはのんびりと口を開いた。

「全員で行って、外で食べることは出来る?」

「え」

「あっ、それいい! 賛成!」

 私の戸惑いも待たずに全員が手を上げて賛同した。

 ふむ。ちらりと窓の方に目をやる。今日は天気もいいし、肌寒いけれどその分、夜空が綺麗だろう。悪くないかもしれない。それに今日は一日中この部屋に居たから、みんなも外の空気を吸いたい気分なのかもね。

「良いよ。でも場所を整えてくるから、少しだけ待ってて。それとみんなも上に一枚、羽織るものを用意してね」

 連れて行く前に、かまどや焚火で、寒くない場所には整えてあげたい。それでもやっぱりこの部屋より気温は下がってしまうだろうから、ちゃんと暖かい格好をしていてほしい。身体を冷やしてしまってはいけない。そう告げる私にみんなが応えたところで、一先ず私だけ転移した。

 前の河辺みたいにめちゃくちゃ綺麗な場所ってわけじゃないけど。夜空を見上げるには良い場所だと思う。早速、火を起こして、場を温めましょう。

「――わあ、衝立がいっぱい」

「私は向こう側で調理しますのでね~覗いちゃダメだよ~」

 準備が終わって迎えに行き、テーブルの傍へとみんなを案内する。私はその後方に並べられた衝立で隠された向こう側、調理場の方へ隠れます。

 私が調理台の前に立つ頃、テーブルについた女の子達は空を見上げたらしく、星が綺麗だと楽しそうに話していた。二つの月も少し欠けているが雲の少ない夜空にぽかんと浮かんでいて、見上げているだけで飽きない光景だ。残念ながら私は調理中なので、今はのんびり見られないけども。

 ところで、私の世界で言う星座のような物語は、この世界にはあるのかな。無いなら作ってやろうかな。

「ま、創作の才能は、私には無いけど」

 覚えているやつをパクるのはあまりに品が無いので、星座ってものとそれにまつわる物語があったことだけを伝えて、誰かそういう才能がある人に任せるのが吉だね。調理を進めながら、独り言を呟く。

「アチチ、……よーし、いい感じ」

 ちなみに今、調理に使っているのは竃ではなく、かまだ。お昼のグラタンもこれで作った。外でもオーブンのような調理器具がほしくて探していて、でも見付けられなかったので、仕方なく自作した。魔道具製作の横で何か作ってるなって顔はみんなにもされていたが、誰も突っ込まなかった。慣れられている。

 さておき今夜のご馳走も完成だ。早速みんなにも披露しましょう。

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