第352話

 つまり泥酔については今後もご期待に沿えないだろうという私の説明だったのだけど、徐にフフッと笑ったルーイが言及したのは全く別の点だった。

「何かアキラちゃん可愛い」

「かわ……」

「周りに合わせようとしてたアキラちゃんも居たんだね」

「私のイメージよ」

 確かに日頃、傍若無人な振る舞いしかしていませんが。私にも多感なお年頃はあったんですよ。

「だけど見付ける人は見付けちゃう。全然、隠せてないよ。リコにも見付かったしさ」

「ああ、食べ方?」

「そう」

 大口を開けて豪快に食べてる仕草が『わざとらしい』と。あれは若干ショックでしたよ私は。しょんぼり。肩を落として告げれば、リコットは何処か楽しそうに笑う。

「上品なのは良いことじゃん。別に目立って変なところがあるわけじゃないし」

「そうそう」

 女の子達のフォローが優しい。ありがとうねぇ。へらっと笑ったところで、急にリコットが立ち上がって椅子を引っ張り、私の隣にぴったりくっ付く形で移動してきた。

「じゃあ髪型は? この秘密は、まだ教えてくれないの?」

 リコットは私に甘えるみたいに肩へと凭れ掛かると、指先で私のポニーテールをつんつんと突いて揺らした。眉を下げて笑う。いつも結んでいて、お風呂か寝る時以外にほとんど解かないこと、一回だけ聞かれてるんだよね。敢えて今のタイミングでこれを聞いてくるってことは、同じ系統での理由だとバレているらしい。大正解で、参ってしまうな。

「ん~……」

「ありゃ。ダメみたい」

 回答を渋る私に、おどけた様子で笑うリコット。その優しさを分かってしまったからだろう。みんなの甘い心配と優しさを毎日のように浴びて少し緩みやすくなっていた私の思考が、隙を見せた。

「……下ろせって、言わないなら」

「髪を?」

「うん」

 女の子達は顔を見合わせた後、ナディアが代表するみたいに「言わないわ」と答えてくれた。私は一つ頷いて、それから小さく息を吐く。こんなに気を遣ってもらっても躊躇う自分は、嫌なやつだと思った。

「気が抜けるんだよ、下ろすと」

 少し弱い声になってしまったせいか、一瞬だけみんなの瞳には私を心配する色が入って、思わずその視線から逃げるように俯いた。

 子供の頃は別に意識していなかった。正装をする時には髪をアップにすることが多くて、勉強や習い事をする時も邪魔だからとほとんどの場合、結んでいた。髪をあまり短くすると正装時のセットの幅が減るから止めてほしいと母やお手伝いさんから言われていたこともあり、切ってしまおうと思ったことも特に無い。

 結んでいることが当たり前で、寝る時にだけ下ろすことが日常になっていった。するといつからか、下ろした時には逆に気が抜けてしまうようになった。結果、下ろしている時にばかり、つまらない失敗が増えた。

「そしたら次はどんどん下ろすのが怖くなった――って感じ。まあ悪循環だけど。上げることは特に苦じゃないし、もういいやって」

「なるほど~」

「厳しい教育環境で育ったあなたならでは、という感じね」

 やや緊張していることを隠しながら、リコットとナディアの反応を笑みで受け止めていた。ラターシャが軽く首を傾けた時が、多分、緊張のピークだった。

「でもそれなら、私達の傍――」

 直後、彼女から零れた言葉に。つい、眉を少し顰めてしまう。ラターシャはすぐに私の表情の変化を見止めて続きを飲み込んだ。みんなもハッとした顔をしていて。私は、表情を作れなかったことを悔やんだ。

 言われたくなかったのは、それなんだ。

 だから、あまり話したくなかった。「私の傍でなら下ろしたら良いでしょ」って、今までも沢山言われてきた。そうして最後には必ず「私の傍でも気が抜けないの」と責められるのが、苦だった。

 別にそういうつもりじゃない。女の子達の傍が安心できないとか、そういう意味じゃなかった。だったらそもそも女の子の前で脱ぐこともなければ、並んで眠ることもしないでしょ。

 そういうことじゃなくて。ただ私はずっと、多分、……自分を嫌いになりたくなかっただけだ。

「……ああ、ボトルが空いちゃった。新しいの入れようかなー」

 飲んでいたワインボトルが空になったのを口実に、私に引っ付いていたリコットをやんわりと解いて立ち上がる。みんなが何か言いたそうにしたのは見えたけど、気付かないふりをした。流しのところでボトルを簡単に濯いで、グラスを丁寧に洗っておく。次は何を飲もうかな。ナディアがさっき少し飲んだ辛口の白ワインはもう誰も飲まないだろうし、空けてしまおうか。そんなことを考えながら、壁に掛かった時計をちらりと確認する。まだまだ夕飯までは時間がある。食事の支度とか適当なことを言って、この場を抜け出すのも難しそうだ。

 それならみんなが興味を持ちそうな、新しい話でも――。と思考を巡らせたところで。

「今のはラターシャが悪いと思うので!」

「うっ、ご、ごめんなさ」

「罰ゲーム!」

「えぇ!?」

 リコットが突然すげえ流れに持って行ったな。びっくりして振り返ったら、ルーイはもうニコニコしてるし、ナディアも苦笑していた。

「アキラちゃん早く戻ってきて!」

「えー、何するつもり?」

「はーやーく」

 急かす彼女は、空いたままの私の椅子を手の平でリズミカルに叩いている。そんなに叩いたら君の柔らかいお手手が痛くなりませんか。っていうかリコット、酔ってるんじゃないかな、このテンション。苦笑しつつも私は新しいグラスと白ワインのボトルを片手に、テーブルへと戻った。

「もうちょっと椅子を下げて」

「うん?」

 座るなり、リコットにそう指示されたので首を傾げつつも少しテーブルから距離を取る形で椅子を動かす。リコットが満足そうに頷いて、そしてラターシャへと視線を戻した。

「はい、ラターシャ。アキラちゃんの上に座る」

「えっ、上、嫌だよ何で!?」

「『嫌だよ』は傷付くよ?」

 そういう話ではないと知りつつ訴えると、ラターシャは私とリコットのどちらに答えれば良いのか混乱した様子で、おろおろする。可愛いんだけど、笑うのは今じゃない気がしたから、まだ少し我慢した。

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