第351話

「なんかさあ、どんどん出てくるよね、アキラちゃんから、美味しい物」

「本当に」

 みんなが小休止でのんびりとお茶しながら、そんな話をしている。私はその傍で洗い物をしていた。

「私自身が食いしん坊だからねー。元の世界でも美味しいものを散々探して作って遊んでたんだ」

 生まれが良かったこともあって、昔からあちこちで美味しいものを食べさせてもらっていた。そういう恵まれた環境もあってのことだ。その上に、私の好奇心が乗ってるというかね。兄なんかはあまり食に拘りが無かったから、料理もほとんど出来ないし、旅行先で食べたものも「美味しかった」くらいしか覚えてないと思う。

「私達には幸せ過ぎる恩恵だね」

「ふふ、それは私も嬉しいことだね」

 ラターシャがそう言ってくれるから、私も笑った。一緒に喜んでくれる人が居るっていうのは、本当に幸せなことだよ。

「よし、オッケー。さて。じゃあ飲むか」

 お片付けが終わったら私は引き続き、お酒を飲みます。食事中に空けたボトルを避けて、新しいワインボトルの栓を抜いた。

「アキラちゃんってさあ、酔うの?」

「え、うん、酔うよ~」

 何だその疑問は。って気持ちでリコットの問いに笑って応えたら、ナディアが少し深刻な顔で考え込む。

「お店のお酒を全部空けたら、とか?」

「流石にそれはねえ、入らない!」

 無茶を言ってくれますねナディアさん。私の胃袋にも限界ってものがありますよ。れっきとした人間なので。

「っていうかみんなと飲んでても酔ってるよ?」

「え~何かそういうんじゃなくってさぁ~」

 リコットは不満そうだが。実際、私はちゃんと酔っている。

 流石にワインボトル一本で酔うほどではないものの、二本目くらいからはちゃんと酔う。思考はフワ~としていて、お酒が無い時ならこんなに笑わないなってことに笑ってしまうし、何にも無くても楽しい。

「いつも元気だからちょっと分かりにくいのかな」

 ラターシャが可愛いフォローをしてくれた。ありがとう。それね、よく言われる。元の世界から。まあ間違ってはいないかもね。普段からよく喋る私が多少お喋りになっても、誰も気付かないってわけ。よく分からない発言もいつものことだからね。自分で言うのも何だけど。

「元の世界じゃ、失敗できないお酒の席も多かったからさ。酔っても辛うじて、理性と思考力が残るようになってるんだよ」

 みんなの疑問やリコットが求めている回答も本当はちゃんと分かっているので、真面目に答えることにします。

「こっちで言うなら、貴族様の社交界みたいなものかな。怖い権力者も居てね」

「アキラちゃんの世界は、みんな平等なんだよね?」

「うん、そうなんだけど」

 彼女達にとって馴染みの無い、私の世界の話。どう説明しようかな。少し考えるように首を捻った。

「私の国は王制じゃないんだけど、それでも国を運営する代表者達が居て、その団体を『政府』って呼ぶ」

 端折りながらどれだけ分かりやすく話せるかは疑問だが、この話をしないことにはさっきの件が分かるように説明できない。

「政府に属する中でも上位の人は、基本的に国民が投票で選ぶ。それぞれ任期があって、任期を終える度に投票があるから」

「じゃあ、悪いことをする人は選ばれないんだね」

「そうだね」

 まあ『表向きに』悪いことをすれば、だけど。隠れていて、国民を上手に騙せたらその類では無い――が、それは今、説明することでもないだろう。

「一番上が『首相』、その下に十数名の『閣僚』。各閣僚が率いる部署の中にはとびきり賢い人達が働いていて、彼らが国の政治を担ってる」

 細かい話は言い出したらキリが無いので、私が説明したいことの予備知識としては一旦これで良いかな。そう思ったし、あくまでもこれはただの前提であって私が話したい主題ではない。が、ルーイがすっと紙とペンを出して私の前に置いた為、笑いながら今の説明を改めて図にした。馴染みの無い制度と言葉だから、分かりにくいんだね。

 みんなが図を見てそれぞれ頷いてくれたところで、私は図の中の『閣僚』を、指差した。

「私のお祖父ちゃん――あ、他国の出身じゃない方なんだけど。元閣僚なんだ」

「うっわ」

「え、つまり、アキラちゃんの国の中だと、すごく偉い人だったって、ことだよね」

「まあ、そうなるね」

 あくまでも『職業』の中での『地位』だから、この世界で生きる彼女らが言う「偉い」と本当に意味が一致するのかは分からない。だけど子供の頃の私も多分、それと近い形で感じていた。祖父には色んな人が頭を下げていたから。

「……あなたは何度も『家柄が良かった』と言っていたけれど、そういう意味なのね」

「うん」

 周りは私や私の家族を、他の人達よりも妙に大切にした。欲しいものが手に入らなかったこともほとんど無い。ただ、さっき言った通り、窮屈な思いは時々した。

「出掛ける時に護衛が付くことも多かったし、家には数人のお手伝い……メイドが居て、生活はすっごく、こっちの貴族に近かったんじゃないかなぁ」

 流石に私一人に常にSPが付くわけじゃないとは言え、要所要所で知らないお兄さん達が傍で守ってくれていたなーと思うわけ。

「父さんと兄さんも、現閣僚の下で働いてる職員なんだ。だからね、小さい頃からずっと周りに政府関係者がわんさか居た」

 祖父はとっくに隠居していて金沢で悠々自適の生活をしている。それでもまだ影響力が残っているらしく、家族である私達から接触して政界の後ろ盾として欲しがることがあるのだ。

「そういう関係で。公式・非公式問わず色んなパーティーに、若い内からよく混ざってたんだよねぇ」

「へえ~本当、貴族令嬢みたいな生活だったんだね」

 この国で例えたらそうとしか言いようが無いよな。そういう意味では、私の所作から「貴族かもしれない」と疑ったリコットやガロはよく見ている。

 物心付くくらいの頃から、大人の権力が渦巻く世界で失敗をしないよう、無礼をしないよう、隙を見せないようにと教えられて育った。

「そんな環境で育ったらまぁ、下手に気も抜けないし、酔えないよねぇ」

「私達も仕事中は変な酔い方をしないものね。それが日常になったようなものかしら」

 彼女らの言葉に苦笑しながら頷く。年齢を思えばみんなにはまだ分からなくてもいい話なんだけど、幼少期からあまり良い環境で過ごしていない彼女らは、元の世界の同世代よりも境遇をよく理解してくれている気がした。

 畏まった席でピシッとしているのが幼少期から続くと、少し大きくなって友達と遊ぶようになっても、もうピシッとするのが細胞に馴染んじゃうんだよね。これでも苦労して周りに合わせてきたんだけど、前後不覚に泥酔するほどの気の抜き方はどうしたって無理だった。意識するほど無理だったし、やっぱりそれは、うちの家じゃ許されないとも思うのだ。

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