第350話

 結局、追加テーブルは不便だったので片付けてしまい、みんなで一つのテーブルを囲む。雑談する間、何度もお酒とお茶のメニュー表がテーブルの上を行き来した。注文の為じゃなくて、メニューの内容に興味があったらしい。これは何、あれは何と聞かれる度、ボトルや茶葉を披露してあげた。

 しかし今日でこれらが露と消えるわけじゃないからね、興味があるならまた後日に飲んだら良いから。このメニュー表、今日から部屋に張りっぱなしにしようかな。

「おっと、もうこんな時間かぁ。一旦、私は昼食準備に行こうかな」

 揃って話していると意外と時間が早く過ぎる。普段、私は机に向かっていることが多くて、食事の席以外でこうしてみんなと向かい合って話すことは久しぶりだ。そのせいで今、楽しくて仕方が無いんだよね。離れがたい。だけど今日の私はシェフなので!

「一階?」

「いや、転移」

「え」

 軽く答え、立ち上がる。それじゃあ行ってきます――と言おうとしたところで慌てた様子でリコットが私の服の裾を掴んだ。

「いや、ちょ、何処に? っていうか何で?」

「その辺の森の中だよ、目立たない場所」

 豪勢な料理を作ろうとすると厨房を占領してしまうからね。あと、多くの料理を運ぶのに転移魔法を使って楽がしたい。

「下処理は済んでるし、すぐ戻ってくるよ、大丈夫」

 それだけ言うと、私はワイングラスを手に持ったままで沼に沈んだ。「グラス持って行った……」というリコットの声が転移の間際に入ってきて笑った。

 それから約三十分後、特別な昼食を作り終えて再び、部屋に戻る。

「はい、ただいま~」

「わぁ!」

「すごくいい匂い!」

 帰るなり、みんながそう言って目をきらきらさせた。蓋をしてあるものの、香りは消していないので、すぐに部屋が美味しい匂いになる。

 手早く片付けてくれたテーブルの上には副菜とサラダとスープ、それから取り皿だけを並べた。熱々のメインディッシュは、追加で出したテーブルの、更に鍋敷きの上に乗せる。

「ナディがねえ、結構チーズ好きだって気付いちゃったので!」

 二種のグラタン、三種のドリアです。蓋を開くとふわっと漂う湯気と、芳ばしいチーズの香り。みんなが嬉しそうに歓声を上げてくれる。いい反応。

「お皿が熱いから、みんなは触っちゃダメだよ、取り分けるからね」

 その為の取り皿です。欲しいと言うものを、それぞれのお皿へと盛り付けていく。

「ナディ、美味しい?」

「ええ、とても」

 再び素直に喜んでくれました。声が本当に嬉しそう。やったね。みんなも口々に美味しいって沢山言ってくれて幸せです。

 なお、調理中に口が寂しくなるかと思ってワインを持って行ったんだけど、グラス一杯じゃ足りなかった。夜はボトルで持って行こうっと。

「アキラ、この白ワインを入れてもらってもいい?」

「はいはい。おや、辛口? 珍しいね」

「……合うと思って」

「ああ、うん、合うと思うよ。私もこれにしようかな」

 見れば今は、チキンが入ったクリーム系のグラタンを食べていた。確かに良いね。私もそれにしよう。しかしちゃんと料理に合う飲み物を考えて注文してくれる辺り、食事もお酒も充分に楽しんでくれているのが伝わってくる。色々と用意した甲斐がありますね。

 私も同じ白ワインと、同じグラタンを堪能する。うーん、我ながら美味しいグラタンが出来た。

 ちなみに今回、魚介類を利用したものは作っていない。まだ魚介類はあんまり食材の把握が出来ておらず、味が定まらなかったせいだ。今後の課題である。なお、今のところ街で見付けているのは全て川の幸。海鮮は流石に、海沿いに行かないと手に入らないだろうな。

 そんなことを考えながら指示されるままにお皿を受け取っては盛り付け、私も当然、もりもりと食べていると。いつの間にやらすっかりお皿が空になりました。思った以上にみんなも食べてくれたね。もうちょっと残すかと思っていた。みんな、沢山食べてくれるようになってきたねぇ。嬉しいねぇ。

「あ、っていうか、デザート入るかな?」

「……内容による」

「ふふ」

 あんまり深く考えずに食べ過ぎちゃったらしい。夜にケーキが入るからバランスとしてはあっさり軽いデザートにしたけど、どうかな。一応、出してみるか。

「アイスクリームだよ」

 何の変哲も無さそうな白のアイスクリームが二つ、ぽんぽんと乗ったお皿。みんなが軽く首を傾ける。

「普通のアイス、じゃ、ないよねぇ……」

 リコットは顔を寄せながらアイスを見つめて呟く。そりゃあね。私ですからね。でも、食べてみてのお楽しみです。答えないままニコッと笑っている私を見て、みんなが苦笑いした。

「よく見たら片方だけちょっとピンクかな」

「ホントだ」

「うん、それぞれ違う味だよ」

 何処か警戒するように、女の子達はアイスを眺めて、互いに目を合わせている。あんまり放置されると、溶けちゃうよ? 私はみんなの反応をニコニコしながら眺めていた。リコットがスプーンを手に取ったところで、みんなもそれぞれ手に取って、いっせーのってタイミングを合わせて全員が同時に食べる。何それ可愛い。私も一緒に食べれば良かった。

「わぁ」

「香りが」

「これ」

「お花だ!」

 口々に零れる反応にやっぱり笑みを深めてしまう。大正解です。私は大きく頷いた。

「そう、花の香りを付けたアイスクリームだよ」

 いい香りのする花を探し回って、花びらから香りを抽出してクリームに練り込んだ。これは中々、開発に苦労したデザートだ。そう説明したらラターシャが「そういえばしょっちゅうお花屋さんに行った」と零す。そうだね、ラターシャが見張りの時に探したことが多かったかも。

「さて。食べ終えないでね、その前に」

「え、まだ何かあるの」

 ガサゴソしてたら、リコットが何だか警戒心を露わにしています。何よ。ごはんの時にそんな不安になるような蛮行はしたことないでしょ。心外だ。喜ばせてやる。そう意気込んで、一本の特別なワインを取り出した。

「これを掛けると更に堪らない美味しさが味わえますが、大人組さんどうします?」

「え、ワイン?」

 二人共、最初は戸惑っていたけど。結局は頷いたので掛けてあげる。これは元の世界で言うところの、極甘口のシェリー酒だ。酒精強化された物凄く甘ったるいワインで、バニラアイス等によく合う。今回のお花のアイスにも抜群ですよ。

「うあ」

 ひと口食べた瞬間、リコットがそう漏らし、笑いながら天井を仰いだ。ナディアも珍しく「ふふ」と声を漏らして笑う。

「え~、めちゃくちゃ美味しい、やば」

「……アキラとの旅で太らないのは無理ね」

「同感」

「あはは!」

 ルーイとラターシャも羨ましいってわやわや言い出したので、大人組がひと口あげてた。大丈夫そうなら二人にも掛けてあげるよと言うと、二人揃ってお皿を差し出してくる。この天使達、将来、飲みそうだな。結局、全員のアイスに掛けました。

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