第349話
「本当にすごい。札の解除も早かったし、ナディアってもしかして魔法の才能があるんじゃない?」
ラターシャが嬉しそうにそう言って、私を振り返る。確かにナディアの成長は目覚ましい。レベル2の習得こそリコットの方が早かったものの、札解除は今もナディアの方が安定している。火属性の難易度を加味すれば、現時点で魔法習得が最も進んでいるのはナディアと言っても過言ではないだろう。
それでも。この中で一番の素質があるのは、やっぱりリコットだろうと思う。ナディアがみんなよりも進んでいるのは、多分そういう理由じゃないんだ。
「私の感覚では、素質って意味じゃナディアはみんなとあまり変わらないよ」
この『みんな』の中にリコットを含めないという点には当然、この場では触れない。私の言葉に、ラターシャは「でも」と言って、納得いかないような顔で首を傾けた。
「成長は確かに速い。練度も今は一番高いと思う。だけどそれは才能があるからじゃない。ナディは誰よりも、……必死なんだね」
みんなは一瞬何かを言おうとして、すぐに、口を閉ざしていた。多分、伝わったと思う。ナディアという人を知るほど、この言葉の意味は分かるはずだ。
「一刻も早く習得したい、しなくちゃいけない。そういう気持ちが強いんだ。だから集中して練習しているし、イメージも強い」
魔法はイメージだ。自分の中でそれが鮮明であるほど構成しやすい。ナディアも常に上手くイメージできているわけではないだろう。ただ、練習外の時間に何度も頭の中で復習し、魔力を練ってみて、イメージを幾重にも積み重ねて、限られた練習時間にそれらを全て注ぎ込んでいる。
女の子達はみんなすごく勤勉だけど、ナディアはその点で突出している。単純に、それだけだ。
「必死、という表現は、そうね、その通りだと思う」
本人にも自覚はあったらしい。肯定して、それから表情を少し曇らせていた。
「日々に不安があるわけじゃないわ。アキラは私達を守ってくれている。守護石も持たせてもらっている。私達は安全よ。だけどそれでも、……私にも、誰かを守れる力が欲しいって」
部屋には沈黙が落ちた。みんな、何も言えずに口を閉ざしてしまっていた。その空気に堪え兼ねたのか、ナディアが視線を彷徨わせ、一瞬だけ、私を見つめる。
「ごめんなさい、上手く説明できないわ。本当に、不安じゃないの」
「うん」
この言葉はどうやら私宛らしい。頼りなく向けられた視線に、私は笑みで応えた。
「私の守り方に問題があるわけじゃないなら――」
「無いわよ。こんなに過保護にされているんだから」
「あはは、うん。それなら私は、ナディが頑張りたいって思う限り、手伝うだけだよ」
みんなが、特にリコットが、少し思い詰めた様子で俯いていたから。私は空気を変えようと両手を叩いてパンと音を出した。
「どんな理由で魔法を頑張ってもいいし、必死でも、のんびりでも。自分のペースで良いんだよ! 私が居るよ。怖いことなんか何にも無い。その中で、自分のやりたい形を見付けてね」
明るく笑いながら言ったら、みんなちょっと緊張を解いて、それぞれ笑みを返してくれた。ナディアも小さく息を吐いて、テーブルに戻ってくる。私はまた自分のベッドを収納空間から出して戻しておきましょうね。
「そういえば、レベル3にはどの段階で行けるのかしら?」
「お、流石ナディは熱心だねぇ。でも今はまだ何とも言えない。しばらくは、レベル2の練度を上げてほしいかな」
「なぜ?」
何故って言われると、ちょっと心苦しいな。理由は私の方にあって、みんなのせいではないので。
「ごめんね、私の方の準備が整ってないんだ。レベル3は攻撃魔法になるから、教える方法とか練習の方法、色々と迷っててさ」
私の想定よりもナディアとリコットの成長がずっと早くて、間に合いませんでした。本当に申し訳ない。謝罪するつもりで頭を下げると、ナディアは一瞬だけ不満そうに口を尖らせたものの、文句を口にすること無く了承してくれた。口を尖らせるナディアは珍しくて可愛いな。
ちなみにルーイも、今は水面を揺らすことが出来ていて、ラターシャも物体を震わせるところまでは出来るようになったらしい。二人ももうすぐじゃん! 本当、優秀だよ。
ところで今は誕生日パーティー真っ最中でしたね。
魔法の杖の贈答式が終わったので、この流れで他の子らも誕生日プレゼントを渡すらしい。お渡し会が始まった。私はただ傍に座って、女の子達の可愛さにニコニコしていた。
今日はナディアの望み通りお出掛けしないので、お酒はいつでも飲める。私はもう飲み始めてしまおうかな。
お渡し会が落ち着いたところで、さっきナディアに杖を渡す為に出した別のテーブルで赤ワインをポーンと開けておつまみを出すと、しれっと同じテーブルにリコットが座る。ふふ。飲みたいんだね。彼女の前にもワイングラスを置いた。
「ナディはどうする? はい、メニュー表」
「何よこれは」
「アハハ! サービス良い!」
お酒のメニュー表です。リコットが大笑いしながらナディアの手元を覗き込む。ワインもカクテルも豊富に取り揃えてしまったので、一覧にしてしまった方が分かりやすいかと思ってね。
「カクテルはアレンジが効くから、リクエストも受け付けるよ」
私の言葉に頷きつつも、聞こえているのか怪しいくらいナディアは真剣にメニュー表を見ている。可愛い。尻尾の先が楽しそうにゆらゆらしていた。
なお、最初のご注文はいっとう甘いカクテルでした。
ルーイとラターシャが良い匂いだって羨ましそう。まだ君達は駄目ですよ~。と思っていたら、ひと口だけナディアがあげてた。甘いお姉ちゃんだこと! まあ、ナディアが飲む分は少しアルコール度数を下げてるから、少しくらいなら良いけどね。
別にナディアもお酒が弱いわけじゃないけど、カクテルのちゃんぽんが多い。だから私が作る場合は悪酔いしないように度数を下げている。
「はいはい、未成年さん。今日は君達の為にフレーバーティーのご用意がありますよ」
「フレーバー?」
香り付けがされたお茶。フレーバーティー、またはフレーバードティーとも呼ばれるもの。この地域は果物が豊富に採れるから、果物を様々な用途で利用しているようだ。これもその一種で、色んな果物がドライフルーツ化されて、茶葉に混ぜてその香りを付けているんだって。
改めて、ノンアルコール用のメニュー表を差し出すと、二人がきらきらの目で受け取ってくれた。天使達が今日も可愛いねぇ。
二人がそれぞれ出したご要望にお応えしてフレーバーティーを淹れたら。興味を示した大人組も一口ずつ二人から貰っていた。
平和な朝のパーティーだね。私はそんな空気を堪能しながら、赤のフルボディ、グラス二杯目を傾けていた。一杯目? さて、いつの間に飲んだんだったかな。消えた。
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