第348話
実演を終えたので、鎖鞭も結界も消して、杖をナディアに返す。
「……レベル2が安定したら、使えるの?」
収納空間へと片付けていた私のベッドを元通りに整えていたら、背後でナディアが呟くようにして言った。振り返って頷く。
「うん、レベル2から3くらいで使えるって聞いてるから」
私の言葉を精査するみたいに真剣な表情で見つめ返してきたナディアは、視線を床に落として黙った後で、「試してみてもいい?」と言った。一瞬驚いたが、「あ、そういうこと」と口に出さずに思って、一つ頷く。
「いいよ。こっちおいで。どっちをやりたい?」
「じゃあ、壁の方」
「ならこの辺り全部を結界入れるね」
私のベッドは再び収納空間へと仕舞い込まれる。さようなら。そしてジェスチャーで結界の範囲を示せば、ナディアも部屋の奥に移動した。
「この鉱石に、レベル2程度の魔力濃度を籠めればいいのね?」
「うん。そうしたらナディがイメージした場所に出るから、イメージを固定してから籠めてね」
「急に難しいことを言うわね……分かったわ」
右手に魔道具を装着したナディアは、少し手を前方に出して緊張した顔を見せる。そして静かに息を吐いた直後、ぎゅっと鉱石に魔力を注入した。おお。これは。
「わあ!」
「うそ、すごい」
彼女の一歩前に、間違いなく熱の壁が生まれた。成功だ。私の作ったものより小さいが、魔力量の差だろうし、まだ初めてだったせいかもしれない。慣れれば数日内にでも、私がさっき出した程度の大きさには出来そうかな。
「あら、これ。アキラ?」
「んー?」
成功を祝って拍手でもしようとしたところ、ナディアは喜ぶより先に戸惑った顔を見せる。
「……出したら、何もしなくても消えないのね」
「うん」
「うんじゃなくて」
私の返答がご不満のようで、本日の主役はぎゅっと眉を寄せてしまった。何でだ。首を傾けると、リコットが苦笑する。
「ナディ姉は『どうやって消すの』って聞いてると思います」
「あー」
どうやって。はて。私は更に首を傾けた。
「オリャー、消えろぉって」
「説明が雑」
リコットが呆れたような低い声でそう言って、引き続きナディアも眉を寄せている。
だってぇ。結界とか消す時いつもそうなんだもん。解除する時は、解除だぁって思うだけと言うか。どうやったら消えるのかって改めて問われるとなぁ。はて。
私が首を傾げたままでいるのを見たナディアが、何処か諦めたような顔で溜息を吐く。そしてちょっと困惑しつつも、再び壁の方へと手を翳した。
「……ああ、こうね」
数秒後、何かに気付いたようにそう呟いた瞬間、熱の壁がフッと消えた。
「おー、すごい。ナディ姉、どうやったの?」
「結局アキラが言うのはイメージなんだと思って。私のイメージは、魔力を意図的に回収するような感じ。熱の壁から、私の魔力を抜くのよ」
実際はそうしたところで魔力が戻るわけではないけれど――と付け足しながらみんなに説明するナディア。教えるの上手だねぇ。私はのんびりと感心して頷く。ちなみに私へは『教えるの下手だな』って視線が向けられています。居た堪れないので違う話に持って行こう。
「熱の壁は『罠』の一種だから、出現させる魔力以外は使わないんだ。あと、最初に出したところから移動はできない」
「風障壁は、動かせてたよね?」
「うん、あれは罠じゃなくて『防御』。杖の先に出るから、杖の向きを変えれば障壁の位置は変わるよ」
盾を出現させているようなものだね。あと、風障壁の方も出現させる時に籠める魔力だけで良くて、破壊されたら補修するのに再充填する感じかな。
「私もあれを消す時にはナディ姉と同じ悩みが必要だったんだね……」
まだリコットは風障壁を出していなかったらしい。セーフだね。隠れてやろうと思って出ちゃったら、消し方が分からなくなって悲惨だね。説明不足の私が悪いね。未使用で良かったです、本当にごめんなさい。
「それで、ナディ。これだけ安定して出せるってことは、レベル2もう習得したね?」
私がにやりと笑って問い掛けたら、みんながハッとした顔でナディアを見つめる。ナディアはちょっと居心地が悪そうに、視線を逸らした。
「言おうとは思っていたのよ、タイミングが無かっただけで」
みんなの前で熱の壁を出した時点で隠そうとしていないのは分かっていたけれど、今バツの悪い顔をしているのは、黙っていたことの申し訳なさらしい。
ナディアが徐に壁沿いの棚に視線を向けるから、私達はその視線を追って同じ場所を見つめる。そこには置きっ放しになっていたランプがあった。魔道具のやつじゃなく、ロウソクが中に入っている普通のランプだ。
ナディアがぱちりと瞬きをすると、即座にロウソクが灯る。
「え、炎生成?」
「あれ、でもナディアって」
そういえば炎生成の方に練習を転じているのはみんなには言ってなかったかもな。その説明をするか、と一瞬みんなの方に視線を向けそうになったんだけど、更にナディアがランプの方に手を翳した。お。おお?
ロウソクの火が少し揺れた後、二つに分かれるようにして分離して、小さな火の玉がナディアの方へと移動する。
「わお。どっちも習得してたんだ」
流石にそこまでは私も予想していなかったよ。リコットは口をあんぐりと開けたままで固まっているし、ラターシャとルーイは口元を手で押さえ、目をこれ以上ないくらいに見開いていた。
「こりゃすごい。お見事。完璧な炎生成と火の操作だ」
そう言って、私は小さく拍手をした。みんながそれに応じて、驚いた顔で呆然としたままで拍手する。可愛い。
まぐれでも何でもない。彼女は百回やっても百回成功するだろう。それくらい安定している。
「もう少し大きな炎の操作はまだ安定しないから、それは練習中よ。ただ」
話しながら、ナディアは手元の小さな火にふっと息を吹き付けてそれを消した。
「炎生成が安定する少し前に、炎の流れみたいなものが分かるようになったの。そうしたらあっという間だったわ。どっちも」
「あー、なるほど」
つまり生成から入ったのは本当にナディアにとって正解だったようだ。
炎を生み出す過程の中で、炎が持つ魔力の流れや仕組みを感じ取れるようになって、すると生成も楽になり、操作の方でも、魔力の浸透のタイミングのようなものが掴み易くなったんだろう。
練習する順番によって習得のし易さが左右されるなら、今後はみんなも、色々と試してみても良いかもしれないね。
ただ問題は全て習得済みの私には習得の『過程』が無いせいで、その辺がさっぱりだってこと。
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