第346話

 ルーイを机の方に座らせてヘアセットする間、みんなはテーブルの方に集まってのんびりと食後のコーヒーを飲んでいた。

「この、サイズを知られている感じが……アキラらしくて怖いのよね」

「分かる~。全員、ぴったりなんだもんなぁ」

 悪口ですか? 目の前に居るので止めて下さい。泣きますよ。

 しょんぼりしながらもルーイの髪を結婚式お呼ばれ仕様にして、髪には上品でありながらも愛らしい金色のヘアアクセサリーを付けていく。ふむ。天使が更に天使になったな。きらきらしちゃった。最高に可愛い。

「どうでしょう!」

「すっごい可愛い!」

「ルーイ、綺麗~」

「もうお嫁に出すんだったかしら……」

 可愛さのあまりに何だか一周回った発言をしてるナディアが面白すぎるんだけど、「本当に可愛いわ」「此処はどうやっているの」と直後、熱心に詰め寄ってきていた。つまり仕上がりは満点ですね。

「アキラちゃん、ありがとう! ねえ、他のみんなもやるんだよね?」

「勿論。順番だよ、次はラターシャね」

 ルーイがきゃっきゃと嬉しそうに笑う。ルーイも、みんなが綺麗になるのは嬉しいんだよね。私が呼ぶとラターシャは照れ臭そうにしながら、ルーイと場所を交代した。そうしてラターシャもリコットも完璧にヘアセットをして、最後は勿論、本日の主役様です。

「じゃあお姫様を作りましょう。メイクしまーす」

「そこまでするの?」

 道具を取り出しながら言えば、ナディアがちょっとたじろいじゃった。キャンセルされたら困るので、私はちらりと後方のみんなに目を向ける。

「ナディが超絶美人のお姫様になる瞬間、見たいよね?」

「見たーい!」

 妹達が盛り上がってしまうと絶対に抵抗できないナディアは少し項垂れて、「好きにして」と言った。でもちょっとだけ口元が緩んでいた。苦笑いに近かったけど、本当に嫌ってわけじゃないみたい。盛り上がっているこの空気が、そろそろ可笑しく感じ始めているんだろう。

 そうして取り掛かること、約二十五分。

「完成! 完璧!」

 私がナディアの正面から立ち退いた瞬間――というか私が離れるのを待たずに押し入るように三人が前に立った。あとちょっとで弾き飛ばされるところだった。あぶねぇ。

「やば! めちゃくちゃ美人!」

「ナディア、もう絵画みたい」

「すごーい! ナディアお姉ちゃん世界一きれい!」

 みんなが目を輝かせて口々に褒め称えるのを、ナディアはただただ目を丸めて聞いている。遅ればせながら私が手鏡を渡したら、それを覗き込んで彼女はまず軽くぎょっとした顔をして、それから、「はぁ」と力無い声を出した。

「あなたって、何でも出来るわね。化粧でこんなに綺麗に出来たことは無いわ」

「ね。びっくりしたよ。何処で覚えたの?」

 メイクの腕を褒められた私は鼻高々になって胸も張り、ドヤッと自慢げな笑みを浮かべる。

「女性を美しくするのが私の宿命なのでね!」

「道具もいつの間に用意してたの?」

「聞き流さないでルーイさん」

 ばっちりウインクして大きな声で答えたはずなのに。無かったことになってしまった。私の訴えに苦笑いするものの、誰もそちらには言及することなく、みんなの問いに対する『本当の』答えを待つようにじっと此方を見上げている。はいはい。ちゃんと答えますよ。

「道具は、レッドオラムで揃えたんだよ。使う機会が無いままだっただけで」

 こっちの世界に来てから、私は普段、メイクをしない。みんなもしない。だから一度も使わなかったんだけど、見掛けた時に『その内』こういう遊びをしたいと思って一式揃えていたのだ。

「私の故郷ではね、女性は早い人だと十代半ばから化粧を始めて、大人になると大半が化粧をするんだ。だからこれくらいは全然、特別な技術じゃないね」

「へぇ~」

 この世界、少なくともウェンカイン王国内で見る限りは、女性も男性も、一般市民の化粧っ気が全く無い。きっちり化粧をしているのは貴族令嬢くらいだね。だから王女クラウディアとカンナは化粧をしていた。カンナは薄化粧だけど、彼女は私と会う時は侍女をしているか、もしくは夜の相手として眠る前であるせいだろう。貴族令嬢として過ごす際にはクラウディア同様にきっちりしていると思う。

 あとは、夜の女の子達が少し化粧をしている程度。でもそれも全員じゃない。

 なんてったってメイク道具と化粧品が驚くほど高いのだ。元の世界ではプチプラとか豊富で十代でも充分に手に入る値段だったのに、こっちはおしろいだけで日本円で言えば数万円、下手したら数百万円くらいの値が付くものもある。

 だから平民で化粧をしている人達はおそらく酷い劣化品ばかりを利用していて、カバーもまともに出来なければ色も自然な形では付かない、更には使い続ければ肌荒れまでしてしまう始末。リップクリームや口紅くらいはあるものの、肌に塗るものになると妙に値段が弾け飛ぶ。

 そして、化粧品が容易く手に入らないだけに、化粧慣れもしていないので、上手に出来ないって感じかな。

 曰く、娼館に居た頃、特別な太客の時だけ三姉妹も化粧をすることはあったみたい。だけど、さっき私が整えたほど綺麗には出来なかったんだって。勿論メイクの腕も重要とは言え、化粧品に最低限の質が無いとどうにもならないよね。

 という私の説明も、聞きたがったわりに聞いてくれているのかな? そう思ってしまうくらい、みんなはナディアの顔ばかりをまじまじと見つめて「すごいねー」とか「こういう風に色を付けたら良いんだ」と、実物でお勉強していた。

「アキラちゃん、私が誕生日の時も、お化粧してくれる?」

「勿論だよ、ルーイ。世界で一番の美少女にしてあげる」

「ふふ、楽しみ!」

 天使の愛らし過ぎる笑顔が見られたから、話を聞いてもらえていなかった点はもうどうでもいいや。

「ナディ、ところで肌に違和感とかないかな? ちゃんと素材にも拘ったつもりなんだけど」

「ええ、特に何とも」

「良かった。何かあったらすぐに言ってね」

 軽く頷いてくれる。目蓋に少し入れたラメがきらきらして可愛い。うーん、我ながら凄まじく可愛い子を作り上げてしまったな。でも厚化粧をしたわけじゃない。私の女の子達はそのままでも充分に綺麗なので、薄めの化粧で、普段の美しさを最大限に表現しただけだ。いやー、でも、本当に可愛い。見蕩れちゃうね~。

「全員から無言でそんなに見つめられて、どうしたら良いのよ」

 注目されて居た堪れなくなったのか、眉を少し下げてナディアが俯き、そう呟く。しかしそんな仕草も表情もやはり全てが美しくて、全員揃って、ほう、と溜息を吐いた。

「照れる顔もいい……ナディ姉、綺麗すぎ……」

「リコお姉ちゃん今の台詞、アキラちゃんぽかった」

「え、うそ。やだ」

「やだって何よ!」

 そんなこんなで美しいナディアを一頻り堪能した私達。本人は気恥ずかしそうな顔をしていたけれど、みんなが喜ぶから、照れながらも少し笑ってくれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る