第345話_ナディアの誕生日
そして迎えた
「みんな~。朝ごはん、寝間着のままで取って」
「は。なんで?」
「まあまあ」
朝の挨拶と、ナディアに誕生日おめでとうの言葉をそれぞれ口にした後。私が徐にそう言ったら、みんながちょっと「嫌な予感がする」って顔をした。みんなは私のことを深く理解してくれているから大体は正解なんだけど、うんうん、まあまあ。
「そんなことより今日の朝ごはんも、張り切りましたよ!」
強引に話を切り変えた。みんなは苦笑いを浮かべつつも、飲み込んでくれた。
既に私の中ではパーティーが始まっている。当然、ナディアが好きと言ってくれたスクランブルエッグを用意して。私が自分の目で見て選び抜いた上質な肉厚ベーコンをカリッと焼き上げ。サラダに乗せた生ハムも、流石ワイン名産の街と言いたいくらい、めちゃくちゃ美味しいものが手に入った。こだわりのポタージュスープは新鮮な三種の野菜を使っているし、瑞々しい果物はそれだけで美味しい。
だけど今日の朝ごはんのメインはそれらではない。
「じゃーん! パンは焼きたてです!」
「えっ」
「アキラちゃんが焼いたの?」
「そう!」
今さっき下の厨房で焼いてきたパンが二種類。バゲットみたいなやつと、食パンみたいなふわっとしたやつ。上手に焼けて良かった。
近くのパン屋さんに焼き立てをお願いしても良かったんだけどね、自分でも焼いてみたくなっちゃって。ちょっと前から少しずつ試してはいたんだ。誕生日に間に合って良かった。
「あっ、やば、最高。パンをメインに考えると全部最高」
「ふふ、ありがとう」
リコットの感想が嬉しい。そう、今日の朝食は、焼き立てパンをメインに考えて組み立てたのです。ポタージュスープはどっちのパンを浸けて食べても美味しいし、生ハムのサラダは雑に割ったパンに挟むだけで即席の上等なサンドイッチだ。
みんながきゃあきゃあと可愛い声で盛り上がって美味しそうに食べてくれる中、本日の主役様が静かなんだけど。チラッと見たら、やや目尻を上気させて黙々と食べていた。ピンと上を向いて揺れている尻尾の先。これは大満足して頂けていますね。言葉で喜んでくれなくても、分かるからそれで良いや。可愛い。
自分が作ったご飯を嬉しそうに食べてくれる女の子が居るってのは、本当、何にも代えがたい幸せだなぁ。ナディアの誕生日祝いだってことを一瞬忘れ、自分の幸せを噛み締めていた。
そして朝のデザートは、ゼリーだったんだけど。
「これ、えっ、美味しい! うそ、ワイン?」
「正解。白と赤、両方で作ってみたよ~」
混ぜるより別々にした方が美味しかったので、カップはみんなにそれぞれ二つずつ。どちらも一番相性の良かった果物の果肉を混ぜた。
「アルコールをほんの少しだけ残してあるけど、これくらいなら子供でも大丈夫だと思うよ。どうかな?」
大丈夫とは思いつつも一応ルーイとラターシャを窺う。見れば二人共、既に結構食べている。返事を聞かなくても分かってしまって、口元が緩んだ。
「美味しい!」
「うん、特別な感じがして、私も好き」
「良かった。ナディもどう?」
「ええ、すごく美味しいわ」
いつになく素直にお褒め下さいました。嬉しい。私もご満悦です。
「ごちそうさま~」
「美味しかったね~」
「じゃあ、服、着替えて良い?」
朝食が済んで片付けが始まった時。リコットが私にそう問い掛けてくる。
「良いよ! リコはこれね!」
「……あ~」
瞬時に、みんなが全てを察した顔をした。
今日は私が選んだお洋服を着てほしいです! ドレスと言うほどじゃないし、部屋で過ごすのに息苦しくもならないけど、いつもより気合の入ったお洒落な可愛い服。
「ナディ姉の誕生日だよね……」
「うん。だからだよ」
「……なるほど?」
これもまた、みんなすぐに納得してくれた。ナディアはね、妹達が大好きなの。だからね、みんなが可愛い格好したら誰より喜ぶと思って。いや私が一番かもしれない。うーん、同率一位で。
「ナディ姉の服もあるの?」
「勿論!」
「それだと結局、趣旨が変わるのではない?」
まあそれはそうなんですが、これはまた別です。
「だってみんな、いつもの二割増し、いや三割り増しに美しいナディ、見たいでしょ?」
「見たーい!!」
最初にルーイが手を上げて、そしたら他二人もピピッと手を上げた。ナディアは彼女らの反応を見て、二の句を継げなくなっている。ふふ。計画通り!
「ナディはみんなのお願いを聞くのが大好き! みんなが喜ぶ顔も大好き!」
「もう、分かったわよ。着ればいいのね」
主役含め、みんなが私からお洋服一式を受け取ってくれる。望んだ展開になったことが嬉しくて、私はご機嫌にニコニコしていたんだけど。
「じゃー着替えるからアキラちゃんどっか行って」
「無情」
リコットさんが冷たい。私は追い出されるのだ。いつものことなんだけど。毎朝、私はみんなが着替える間、洗面所など何処かに追いやられる。もしくはそれぞれ洗面所に入ったタイミングで着替えてから出てくる。隠されている。着替えだけで欲情はしませんよ……。信頼が無いのである。
仕方なく今日も私はいそいそと洗面所に向かった。すると扉を潜る直前、私の腕にルーイが巻き付いてきた。
「アキラちゃんも綺麗にする?」
「うん。ちょっと良い服を着ようかなって思ってるよ」
「わーい」
私が着飾っても誰も喜ばないだろうと思いつつ、一人だけ普段着だと寂しいから用意したものだったが、ルーイは喜んでくれるらしい。天使。追いやられることに対する悲しみがすっかり払拭されました。ウキウキと洗面所へ向かった。
ベージュのスラックスと白いシャツを合わせて、硬めのジャケットを羽織る。前髪も少し上げてしまおうかな。今日はピアスも大きめのものに変えようっと。
「もーいいーかーい」
私の方の準備が整ったところで、大きな声で外に向かって呼び掛ける。みんなが「いいよー」って返してくれたのでようやく部屋に戻れます。
「わー! アキラちゃん綺麗! 髪上げるのも似合うね」
「ありがと、ルーイもよく似合ってるよ」
「ふふ、ありがとう!」
ぴょんとその場でルーイが跳ねるのに合わせて、ふわふわのスカートが揺れている。今日の彼女は少し大人っぽく、黒地に青い刺繍の入ったジャケットを渡した。うん、ルーイの青みがかった銀色の髪によく似合うね。今回は全員、シュミーズドレスのような緩めの洋服に固い男性的なジャケットを合わせるという、私の世界で言えば十八世紀から十九世紀のフランスで流行した――まあ可愛いから何でもいいよね!
「それから髪も、めちゃくちゃ可愛くセットしてあげる。ルーイおいで」
そう言うと彼女は目をきらきらと輝かせて頷いた。可愛い。ルーイを椅子に座らせる。ちなみに全員やりますよ。私がそう宣言すると、みんなは軽く頷くだけだった。抵抗を諦めている。好都合です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます