第343話_幕間:王城執務室
「――検問でアキラ様を発見した?」
王様にこの一報が入ったのは、アキラに資材を納品した数日後のことだった。おうむ返しに問う王様に、報告に上がった文官はやや躊躇いながらもはっきりと頷く。
「はい。女性だけが乗る馬車を不審に思って監視したところ、馭者を『アキラ』と呼ぶ声を幾度か拾ったとのことです」
報告を入れてきたのはジオレンに派遣されている検問用の兵士だ。この知らせは昨日入ったばかりとのことだが、発見自体は半月ほど前だと言う。
「珍しい名ですし、報告の容姿も救世主様と一致します。女性を連れていらっしゃるとのことでしたので、ご本人で間違いないかと」
「ふむ。今は南部……それも救世主様の大聖堂がある街にいらっしゃったのか」
先日、注文を受けた資材はヴァンシュ山開拓の為と聞いていた為、山またはその付近の街に滞在しているものと王様は思い込んでいた。しかしアキラの転移魔法を考えれば、滞在場所は全く違う快適な街中で、ヴァンシュ山には転移で通っていると考える方が妥当だったのだろう。王様は納得して静かに頷く。
「追ったのか?」
「いえ、街中まで追跡はしていないようです。しかし現在もジオレンにご滞在中であることは間違いありません」
レッドオラムの件で彼らが敷いた『検問』は、一つ一つの馬車や通行人を止めて身分や通行目的などを確認する形としなかった。一般の門番になりすまし、普段通りにただ門の傍に立つ。そして不審な馬車や通行人があれば別動隊が跡を付けて行動を調査するという形だ。今回彼らが相手をしているような賊ならば検問をすり抜ける手段は既に用意しているのだろうと考え、油断させる意味でこのような形となっていた。
アキラが北門付近で預けた馬と馬車を兵士らは把握しており、且つ、本人がほぼ毎日その馬の様子を見に訪れていることが確認されている。連れ出す際も一時的な外出のみで、その日の内に戻されていた。預かり場から一時的に馬を連れ出すというのは多くの場合、手続きが大きく簡略化される。その為、監視の兵士らもすぐにそれと分かり、外出時に追うことはしていないらしい。
「アキラ様は優れた魔力探知能力がある。あからさまに追えば、おそらくすぐに気付かれる。監視はもう必要ない。全て取り止めるように伝えろ」
「しかし陛下、アキラ様の動向が把握できている方が、宜しいのでは」
彼らも一度は城下町でアキラに監視を付けており、彼女の動向を把握したい考えは確かに持っていた。けれど王様ははっきりと首を横に振る。
「気付かれてしまった場合のリスクの方が遥かに大きい。危ない橋を渡るべきではない」
今は城からアキラへと連絡を取る手段が存在し、且つ、今のところ必ず応えてもらっている。躍起になってアキラの行方を追う理由は何も無かった。
「そもそもアキラ様の移動手段が本当に馬車であるとは限りません。街に入る為だけのカムフラージュの可能性もあります。追ったところで、徒労になるかと」
そう言って王様に同意したのはベルクだった。彼も今日は王様の執務室で書類仕事中であり、今の報告にも同席していた。
今アキラ達は実際に馬車で国内を旅行しているものの、馬車ごと転移することが可能なのも事実。もし何者かに追われていると気付けば、直ちにその対応を取るだろう。先程、意見をした側近もそこまで言えば納得し、引き下がった。
「アキラ様の監視は行うな。引き続き、不審者のみを確認するように伝えろ」
改めて王様はそのように命じ、且つ対応を『至急』と付け足した為、報告の文官は急ぎ足で退室していった。
「先日仰っていた南部の噂も、ジオレンでお聞きになったんでしょうね」
南部で魔物が減っていると言う噂だ。アキラがそれを伝えた際にベルクは居なかったものの、後に側近らから聞いていた。
「事実、各領主らに問い合わせたところ、『言われてみれば』という程度に減っているようです」
報告書らしい紙を幾つか確認しながら、側近がそう告げる。まだアキラから話を聞いて数日しか経っていない為に細かな報告は受け取っていないが、通信用魔道具――アキラが開発したような音声版ではなく、三文字だけが水晶に浮かぶもの――によって簡易で連絡し、回答を受けた内容になる。
「他の場所で増えているという話は、まだ上がっていませんが……」
とは言え、結論とするにはまだ情報が少ない。全ての領主らから連絡が返ったわけでもないし、詳細は書面で数日後に届くだろう。引き続き調査を行うように王様が指示し、側近も了承を告げていた。
「ところで父上。アキラ様が今ジオレンにご滞在中である件、クラウディアのみには伝えても宜しいでしょうか」
「あまり多くに伝えるべきではないが、何故だ?」
「アルマ領産よりも上質なワインの調達は、少し難しいかと」
「ああ……」
以前、晩餐を共にした際に振舞ったワインの多くはアルマ領――ジオレンが属している領地のワインだった。次回もまた良いワインを仕入れておくと約束したものの、あの日のメニューは執事らと料理長、そしてクラウディアが考えたもの。王様もベルクも全く関わっていない。
「そうだな。アルマ領産を避けて……いや、極端に避けるのも不自然だ」
しばし頭を抱えた後、王様は「クラウディアに任せよう」と言って、伝えておいてくれとベルクに言った。その言葉に、ベルクはゆっくりと眉を寄せる。
「……丸投げになさるなら、父上から直接伝えていただけませんか。責められるのは僕ですよ」
「俺も責められたくはない」
「僕なら構わないと?」
彼らの一人称は公では『私』だが、それが『僕』と『俺』に変化した際、ただの親子となる。その後、二人はどちらがクラウディアにこの件を伝えるかということを長く押し問答した。すると十数分が経ったところで、執務室にノック音が響く。
「クラウディア様がいらっしゃいました」
二人は驚いて同時に顔を跳ね上げた。衛兵の手で開かれた扉から入り込んできたのは間違いなく第一王女のクラウディア。二人の前で美しく礼をした。
「此方に来るのは珍しいな。どうした」
王様が居住まいを正し、威厳を纏ってそう問うと、クラウディアは少し不思議そうに首を傾ける。
「お呼びになられたのでは?」
「ま、まだ呼んでいない」
動揺のあまり、王様は少し声を震わせ、側近に目をやった。しかし、ベルクと言い争いを始める直前まで傍に居たはずの側近の姿が無い。慌ててクラウディアに視線を戻せば、その後ろに澄ました顔で立っていた。親子が不毛な争いをしている間に、呼びに行ったらしい。
今の様子で何となく呼ばれた理由を察知したクラウディアは、殊更にっこりと微笑む。
「まだ、ということは、お父様の想定より少し早く来てしまったようですね。ご迷惑でなければお二人のお話が終わるまで、此方で待機いたしますわ。どうぞお話を続けて下さい」
「い、いや……」
王様とベルクは、愛らしくも恐ろしいクラウディアを前に、ただただ視線を
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