第340話_スラン村訪問

 ジオレンの宿に戻ると、私が行った時の状態のままで四人がテーブルを囲んでいた。別にスラン村に行かなくていいや~って子は出掛けてしまっているかもしれないと思っていたので、お、居たのか。という気持ちになる。言ったら怒られそう。

「ただいま~」

「おかえりなさーい」

 このやり取り、する度に幸せになれてお得です。ニコニコした。

 さておき。まずはモニカに資材の仕入れ完了をお知らせするメモを送らなければ。訪問可能な時間をまた呼び掛けて欲しいと書いて。転送。

「あ、そうだ」

 振り返ると、何だかもうみんな既に私への興味を失ったみたいに全員が視線を違うところに向けていた。いや、うん、メモを書いて転送している私を見つめている必要は確かに無いんですけどね。微かに感じた寂しさを飲み込んで、報告すべき内容を口にする。

「麻薬組織の人間、掃討完了したみたいだよ。逃げてた三名はもう死亡した」

「えっ」

 唐突な話題に全員がぽかんとしていたが。私はそのまま、王様に聞いた話をみんなに共有した。三姉妹は何とも言えない顔で、しばし呆然とする。ラターシャは動揺を見せる三人を、心配そうに見つめた。

「……実感、するのは、少し時間が掛かるかもしれないわね」

 最初にそう零したのは、ナディアだった。リコットとルーイも、同意するみたいに静かに頷いている。

 彼女らは組織の人間のただ一人の死も見ていない。私から告げられた、『殺した』『捕まった』『死んだ』だけだ。あの日から今日までを過ごす中で、彼女らは少しずつ、今の平和に心と身体を慣らしている。だけどちょっとしたことで怯える様子は、今でも時々あった。当然のことだ。それだけ、彼女らの心身の奥深くまで、あいつらは恐怖を植え付けていた。加害者が居なくなったからってその傷が癒えるわけはない。この子達が「地獄」と思わず零すほどの日々を生きたことは、事実なのだから。

 平和な場所でも不意に感じる恐怖。その度に、もう居ないんだって自分に言い聞かせる。その繰り返しの中、きっといつかの未来で薄れていく。それを期待するしかない。

「ゆっくりで良いよ。私の傍に居る限り、あいつらが生きてようが死んでようが、君らに危険は無いんだから」

 だからそれぞれが自分のペースで受け止めて、何度でも確かめて、もう本当に大丈夫なんだって知ってほしい。丁寧に告げれば、神妙に頷いてくれる。

 タイミングが良いのか悪いのか。その時、モニカからいつでも来ていいって連絡が入った。彼女らが気分を変える為に、丁度いいかもしれないな。

「スラン村、みんなで行く?」

 私の思惑が伝わったらしくて、みんなちょっとくすぐったそうに笑って頷いた。

 そういうわけで、みんな揃って門前へと転移。まだお昼前だったから、門番は今日もケイトラントじゃなかった。そして今回はもう全く驚いていなくて、普通に「おはようございます」って頭を下げられた。

 しかも勝手に入って良いらしい。というか、私が来るって既に聞いていたらしい。スラン村はいつだって一枚岩なので情報が素早いな。そのまま真っ直ぐモニカの屋敷へと向かうと、モニカ達は屋敷の前で待ってくれていた。

「おはよ~。金属線、何処に出す?」

 早速の問い掛けはせっかちだったかな? みんなにちょっとクスッと笑われてしまった。

 資材の置き場所がモニカの屋敷になるわけが無いので、ヘイディとルフィナが別のところへと案内してくれる。濡れてしまうと困るような資材を入れる為の倉庫があったみたい。結構広くて、石材や木材も奥に置かれていた。そういえば以前に村を案内してもらった時には『倉庫』『色々入れてあって整頓できていない』くらいの説明で通り過ぎただけだったな。

「場所は足りますか?」

「うん、充分だよ」

 仕入れた金属線を収めるに足る空間が余っていたので、全部そこに出してから、明細をみんなに手渡す。モニカは手数料も込みできちんと支払ってくれたが、安くで仕入れているので手数料を乗せてもまだ安い。この点は王様が頑張ってくれて良かったなぁと思う。本人に伝える気はあまり無いが。いや、時々は伝えてやろう。気分よく動いてもらう為に。

 さておき、防獣フェンスの状況を聞いてみる。するとルフィナが突然、勢いよく振り返った。目がきらきらしていて、やや興奮しているようにも見える。びっくりした。どうした。

「領主様から頂いた、例の照明魔道具! あのお陰で夜にも金網を編む作業が続けられるので、思った以上に進んでいるんです! 本当にありがとうございます!」

「おお、なるほどね。そりゃ良かった」

 今までは日が暮れたら何も出来なかったんだもんな。その代わり、日が昇ると同時に活動を開始するのがこの村の生活サイクルだったみたいだが、今は一年の内でも日が短い時期で、これからどんどん短く、不便になっていく。余計に嬉しく感じたのかもしれない。

「使用中におかしな異変はありませんし、明るくて揺らぐことも無い白い光は、細かい作業にとてもありがたいです」

 ヘイディが付け足すようにそう言った。揺らぐと言うのは炎のことだね。確かに細かい作業をしている時ほど、光の揺れはかなりのストレスになる。

「ただ、夜間の作業中には点けっ放しになってしまうのですが……どれほどの期間、補充なしで利用できるのでしょうか?」

「うーん、百年くらいは余裕だと思うけど」

「え?」

 大工姉妹が揃って、ぽかんとした。私は大真面目に答えていたので、「なに?」と首を傾ける。すると呆れた声でナディアが「それ本気?」と続いた。そこでようやく、冗談と思われているのだと理解した。本気だよって伝えるつもりで、深く頷く。

「所詮はレベル3程度の生活魔法だし、元々あんまり魔力を入れなくても作動するんだよ」

 そんな軽めの魔道具に、今は私の魔法石が入れてある。夜だけ使う十日分の魔力を一と仮定すると、今は四千から五千くらいの魔力が入っているので、四万から五万日分? うん、百年は超余裕だね。例え昼にも使うようにしたって、百年程度は充分に保つと思う。

 誰かが十日に一回くらい魔力を入れてやればそれも減らないわけだし、やっぱり半永久だ。

「うーん、でも。魔力残量が見える仕組みは、考えた方が良さそうだね」

 照明魔道具は半永久だが、他の大きな魔道具全てがそうなるわけじゃないし、いつまで使えるのかという不安を感じて使用を渋ってしまっては元も子もない。

「とりあえず今は気にせずに使いたいだけガンガン使って。魔力残量の見える化は、追々考えます!」

 そう宣言すると、モニカ達が口々に礼を述べてくれた。いやいや。折角の試作品。改良点なしはつまらないからね。課題がある方が楽しいよ。

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