第332話
大型照明の彫刻は、ナディアとリコットが手伝ってくれたお陰で翌日中に終わって、組み立ては更にその次の日に
組み立てついでにその日は金属の丸棒の加工も済ませている。丸棒は縦に等間隔で八本の溝を入れ、横には三センチ間隔で浅い溝を入れる仕様だった。そして土に埋め込む部分はちょっとやそっとの衝撃では位置がズレないよう、特殊な形にもしてある。その部分だけが少し難しかったんだけど、溝はそうでもなかった。というか、溝の位置をわざわざ一本ずつ計って目印を付けたくなかったので、目印用の小道具を製作。それさえ作ってしまえば三十本はすぐだった。この調子なら残りの資材が入った後も、支柱はすぐに作れそう。
そんなわけでもう全部、スラン村に納品済み。大型照明は今、村最奥の畑の傍にあります。仕事が楽になるって、畑の係が嬉しそうにしてくれた。薄明りで行う農作業は今まで大変だっただろうからなぁ。
「ふあぁ~」
そんな慌ただしい二日間を過ごした後。私は一人、宿の部屋で椅子にぐでんと座って天井を見上げていた。
「なんか久々に、一人だな」
みんなが出掛ける中、私だけ残ることにした昼下がり。何処にも出掛けないって約束したら、それならよしと目を離してくれたのだ。じゃなきゃ誰かが見張りで残るんですよ。厳しい子達です。
さておき。魔道具の優先順位はまだ決まっていないらしいので、今は待ちの状態。
城にお願いした資材が届くのもまだ数日掛かる。つまりちょうど今は、空き時間ってわけですね。今日の午前までは女の子達にあげる用の小型照明も作っていたんだけど。それすら終わったらもうやることがポカンと無くなった。いや、魔法札の開発とか、やれることは沢山あるが。急ぎのものが無い。
だからこの午後の時間、リコットから借りている本を読むつもりだった。今は紛うことなき『隙間』時間だろう。でも、ふと思い出して。代わりに救世主の手帳を取り出す。
最初にこれを見付けたあの日以来、触っていない。つまり中はまだ全く見ていない。
見たところで私にとって良いことは何も無いだろうなって思ってるから、正直、ずっと避けていた。
恨み言が書いてあったらいいなと思う。でも、あったらあったで、嬉しくはならない。同じ立場の人が同じように、もしくはそれ以上に苦しんでいたことを目の当たりにしたら、どうしたって気分が悪くなるはずだ。この人も辛かったんだなとか、分かり切っていても、鮮明に実感したくない。
つまりこれを読んでしまえばどう転んでも私は不快になるのだ。そう思うと、中々、手が出なかった。
だけど、大聖堂に行って以来、救世主のことを考えてしまう時間が増えた。考えるほど気分が悪くて、考えてしまっては遠ざけるのを繰り返している。その一環として、色々、沢山、抱え込みたい気になったことも否定できない。
そんな風にいつまでも逃げ回っていたって仕方がないことは分かっているつもりだ。この手帳が手元に存在する限り、どうせ永遠に気になるんだから。読むつもりが無いなら処分すればいいのだろう。でも私にはそんなことも出来ない。きっといつかは読むことになる。
それなら今は、いいタイミングなのかもしれないと思った。
私を見ている人が傍に居なくて、思わず眉を寄せても泣いてしまっても、誰にも見付からない。みんなが傍に居る日々は勿論幸せだし、監視されることを憂えてはいない。ただ、私が悲しい顔をした時に同じだけ悲しい顔をされるのは、少し苦しかったから。
私は一つ短く息を吐くと、意を決して。慎重に、手帳を開いた。
* * *
女の子達は揃って本屋を巡っていた為、全員で一緒に帰ってきた。先頭で部屋に入り込んだリコットは、「ただいま」を告げようとした口を閉じて、軽くみんなを振り返る。
「あれ、アキラちゃん寝てるのかな?」
「みたいだね」
「毛布かけとこっか」
机は入口から見て真っ直ぐ突き当たりにある。アキラはその机に突っ伏していた。見えるのは丸まった背中だけ。頷き合うと、リコットは毛布を手にアキラの方へと歩み寄る。しかし直前で踏み止まり、そのまま硬直した。
「リコット?」
「あ、うん……」
「どうかしたの」
声を掛けられて振り返るも、リコットは頼りない表情を見せる。ナディアは首を傾けながら、彼女の傍へと歩み寄った。
「あれ、って」
「……救世主の手帳ね」
「読んでたのかな」
眠るアキラの横には、救世主の手帳が雑に置かれていた。河で遺物を発見してから、文庫本をナディア達に読み聞かせる以外で、アキラが救世主の物に触ったところは誰も見ていない。
ナディアは黙ってリコットから毛布を取り上げると、アキラの背にそれを掛けた。軽く覗き込んでみても、完全に下を向く形で眠るアキラの表情は分からなかった。確認することを諦め、ナディアはそっとリコットを促して、テーブルの方へと移動する。
「どの道、私達が見ても内容が分からないから。後で聞きましょう」
諭すような言葉でありながら、声は酷く優しく、眉を下げているリコットを慰めるような色だった。「うん」と小さく答えたリコットの肩を、ナディアの手がゆっくりと撫でる。ラターシャとルーイも心配そうに表情を曇らせていた。そんな彼女らの表情を見止めて、ナディアが何処かわざとらしい溜息を一つ。
「ほんの少し目を離すだけで心配を掛けるのね、この人は」
実際にナディアは言葉通りの思いで呆れてもいるのだろう。普段はほとんど目を離していないのに、離した途端にこんなことになる。だから監視が酷くなるのだと、本人は何処まで理解しているのだろうか。やれやれと疲れたように首を振るナディアに、ラターシャが少し笑った。
「またケイトラントさんから『良妻』って言われそうだね」
その言葉にナディアは思わずきゅっと眉を寄せる。みんながその様子に小さく笑えば、部屋の空気は少しだけ和らいだ。
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