第331話
笑われて心外な顔をしている私のことを誰かが構ってくれるはずもなく。彫刻刀をテーブルに置いたリコットが、早速、仕上がった中型の照明魔道具を見にやって来た。
「これのスイッチは何処?」
「此処」
「ぽち~、うわっ、明るい!」
教えると同時に照明を点けたリコット。小型の約三倍の明るさが輝いた。屋外で見ていても明るいって分かるよね。明かりに気付いたルーイとラターシャも瞳を輝かせながら駆け寄ってきて、リコットと一緒に遊び始める。良いよ、好きに遊んでて。
私は中型を三人に遊ばせている間に、彫り終えてくれた板にまたインクを入れるのです。
「ナディは良いの?」
「……これが終わったら」
「あはは。そっか」
気にはなるんだね。でも作業の途中で手が離せないと。真面目だね。
インク入れが出来る板が無くなったら次は、大型照明の外装など他の部品の製作に取り掛かる。こっちは流石に大掛かりなものになるので、ちょっと距離を取りましょう。女の子達に一声掛けた後、私だけ少し離れ、平原の方に向かってのんびり歩いて移動した。
すると、何故か近くで遊んでいたサラとロゼが私の方へと駆け寄ってくる。
「サラ、ロゼ。今はダメだよ危ないから。どうしたの、イテテ、こらこら」
甘噛みされた。可愛いけど今はダメですよ。よしよし。よーしよしよし。
ぐりぐりすり寄ってくる二頭をわしゃわしゃと撫でる。三分ほど撫で回したら満足したらしく、軽い足取りでまた二頭が並んで何処かへと遊びに行く。よく分からないけど、ちょっとだけ構ってほしかった感じかな? 可愛いさに癒されたから、何でもいいか。
その後、私が一人で作業している間も。リコットとナディアは互いに上手く声を掛け合って休憩を取っているみたいだった。偶に振り返ると、手を止めて喋っていたり、うろうろしていたり。偉いなぁ。私は没頭したらそこから動かなくて苔を
時々ふとみんなを窺ってはそんなことを考えつつ、ひたすら作業を続けて。残る部品はナディアとリコットに任せちゃった彫刻だけになったところで、みんなの傍に戻った。いつの間にかサラとロゼも戻っていて、ルーイとラターシャの傍で立ったままウトウトしている。遊び疲れてて可愛いな。
「お疲れ~。ぶっ通しでやってたね、アキラちゃん。休憩できそう?」
「え、ああ、まあ、うん」
私があんまりにもボヤッとした返事をしたせいか、ナディアが顔を上げ、怪訝に眉を寄せる。彫刻刀は少し板から離されていた。余所見の間に傷付けないよう、慎重に扱っていて偉いな。
「どうしてそんなに半端な返事なのよ」
「いや~」
「もしかして、休憩するつもりじゃなくて戻ってきた?」
「えへ」
バレちゃった。自分の作業が終わったから二人が彫った板のインク入れをして、それが終わったら私も残りを彫ろうと思いまして。彫刻作業、任せっきりで申し訳ないからさ。呆れた顔をしたリコットが「ちょっとは休憩して!」と叫んだら、タイミングを見計らったみたいにルーイとラターシャが私にコーヒーとお菓子を持ってきてくれた。これはもう逆らえない。休憩しましょう。子供達を撫でてからね。ありがとうね。
私がテーブルに着いてのんびりとコーヒーを傾けたら、ナディアとリコットも合わせて休憩するようで、手を止めていた。
「流石にこの量を今日中には無理だねー」
「そりゃね。二人も無理に終わらせようとしなくていいよ。元々、見積もりは五日だよ、大型は」
私が一人でこの板を全部やったら、余裕でそれくらいは掛かる。むしろ甘く見ていたかも。もっと掛かるかも。
今回は中型の製作を午前にやって、大型を作り始めたのは午後から。今はまだ十五時頃だけど既に十五枚も二人だけで彫り終えてくれていた。本当に助かっている。
「あと一時間くらいしたら、キリの良いところで帰ろうか」
「えー」
私の言葉に、リコットが即座に不満そうな声を上げた。笑ってしまった。
「リコ、これ楽しいの?」
「楽しい~!」
可愛いなぁ。リコットはこういうのが好きなんだね。ナディアもそんな彼女の反応が堪らない様子で口元を緩めている。
「ナディも好きなの?」
「……まあ」
どっちだい。イエスっぽく聞こえますが、どうしてイエスとは言わないのだろう。
「さっき、『裁縫』って言ってたっけ?」
私が最初に手助けを求めた時に、リコットがそう言っていたはず。ナディアが裁縫を得意だなんて初めて聞いた。でも嘘のタグは一度も出ていない。リコットもすんなりと頷いた。
「ボタンを付けるくらいなら私やルーイも出来るけどさ、ナディ姉は服のサイズ直しも色々やってくれるんだよ。しかも何処を直したのか分からないくらい綺麗に」
「それはすごいな」
裾上げをする程度ではなく、縫い目のあるところならサクサク解いてサクサク縫い直しちゃうんだって。すごいなぁ。色んな場所が詰められるし、縫い代の限りは広げることも出来るんだろう。
しかしこの話題の間、ナディアは少し口元を緩める程度で応え、自ら詳細を語る様子は無かった。大いに自慢できる特技だと思うけど、ナディアってあんまり自分のことについて主張をしない。
「ところでアキラ。明日以降はどうするの?」
むしろ話題を変えようとしている気もした。まあ、いいか。無理に聞き出す話でもないな。
「部屋で出来る範囲を進めるよ。組み立てる時はまた外に出なきゃいけないけど」
彫刻しなきゃいけない板は一枚一枚がそんなに大きくなくって、精々一辺が三十センチ。だから彫っている板をそれぞれ一枚ずつ机に出すくらいなら、部屋が圧迫されることは無い。木屑は出るから、掃除はきちんとしなくちゃいけないけどね。床にビニールシートを敷こう。
「私もやりたい」
軽く唸るみたいにリコットが言うから、また笑った。どうしてもこの作業が好きらしい。ありがたい。
「助かるよ。でもテーブルを占拠しちゃいたくはないから、別でもう一つテーブルを出そうか」
流石に追加テーブルを出すと部屋は少し手狭になるが、私のベッドを代わりに収納空間に放り込むとか、広く使う方法は幾らでもあるからね。そう告げればようやくリコットも機嫌良さそうに頷いてくれる。
私達はこの後もう一時間だけ作業を進めて、日暮れ前にジオレンへと戻った。
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