第329話

 納品物が揃った時、または予定が延びそうであればまた連絡をしてくれるそうだ。それだけの内容を短く会話して、王様との通信は終了した。

「ごめん、通信で、つい声が」

「ああ、びっくりした」

 首を傾げつつ傍に来ていたのは、またリコットだった。私の挙動、いつも心配してくれているね。

「依頼じゃないのよね?」

「うん、資材の仕入れの件」

 ナディアも気にはしてくれているようだが、テーブルの方に座ったまま、やや離れた位置から声を張っている。立ち上がる気は無さそう。可愛い。

 さておき。魔道具の部品を一旦横に避けて、モニカ宛てにお手紙を書きましょう。『金属線と支柱の資材は十日で全て用意できる見込み。支柱の方はそれ以降に私が加工を始めるので、完成未定』と書いて、転移魔法で送っておいた。

「再開!」

「ふふ。がんばってね」

 リコットがまた離れて行く。ハグくらいお願いしておいたら良かったかな。そしたら元気が出たかも。

 そんな妄想をしている隙にすっかりリコットは離れて行ってしまったので諦めて、刷毛はけを使って丁寧に木屑を払い、また彫り進める。一枚を彫り終えたら、インクを入れて乾かして、その間にまた一枚彫る。転写魔法で入れている下書きに従って彫っていくだけの作業で、頭は使わないし、そういう意味では全く難しくないんだけど。三枚目に取り掛かった時点で私はちょっと項垂れた。

 この作業、私、……嫌いかもしれない!

 昨日の小型でも同じことをしていた上で今更なんだが。この後もまだまだ続くんだって思った瞬間、湧き上がった気持ちは『嫌い』だった。

「リコ~~~」

「はーい」

 情けない声で間延びさせながら彼女を呼ぶと、リコットは私の声にちょっと可笑しそうにしながらも振り返ってくれた。

「手伝えない?」

「はい?」

 唐突な言葉だったとは思うが、それでも彼女は苦笑しながら、立ち上がって傍に歩いて来てくれる。対応が優しい。

「細かいこと得意そう」

「適当な想像だねぇ」

 だってアクセサリー作りたいって言うから。それなら手先が器用そうだし細かいことも好きそうだなって思ったんです。縋るような私の顔を見てまた笑ったリコットは、軽く肩を竦めた。

「別に良いけど、細かいことならナディ姉も得意だよ。裁縫とか」

「本当!?」

「……何をするのよ」

 やや呆れた反応をしつつ、ナディアもゆっくりと立ち上がって此方に来た。一瞬だけ尻尾がくるんって揺れたのが可愛かった。

「下書きの線に従って、板を彫ってほしい。このように」

「この黒い線と同じ太さで彫るのかな?」

「その通り」

 転写してある魔法陣の線の太さは一定ではない。太いところは太く、細いところは細く彫ってほしい。

「深さに決まりは?」

「無い。浅すぎるとちょっとインク入れにくいから困るくらい」

「じゃあ見本を参考にすればいいわね」

 何だかんだ言いながらも二人は手伝ってくれるらしい。読んでいた本などを片付け、こっちに移動してくれた。彫刻刀は色んな種類を予備も含めて沢山持っているので、全部並べておく。

 必要な板にはもう魔法陣が転写してある。サイズはバラバラだけどあと十六枚あるので……お願いします。

 ラターシャとルーイはチラッと視線を向けただけで寄ってこなかった。元々ラターシャは私と一緒で細かいことが苦手みたいだし、ルーイはおそらく器用なんだろうけど、彫刻刀を持つのはお姉ちゃん達が嫌がるだろうって予想して来ないんだろうな。私もそれは許可できない。危ない。

 さて、余所見をしないで私も頑張ります。お願いした二人が早速、彫り進めてくれているのでね。そうして集中して三人できりきりと板を彫り始めること、数分。徐にリコットが呟く。

「やば。これ楽しい」

 するとナディアが珍しく、ふふっと声を漏らして笑った。

「リコット。今は笑かさないで」

「えぇ!? 別に笑かしてないでしょ!」

「ちょ、やめてリコ、ふふ」

「何でアキラちゃんも笑ってんの!?」

 二人の会話が可愛かったからだよ。そして一人、「心外!」って顔してるリコットも面白すぎる。離れたところに居るルーイとラターシャにも聞こえていたみたいで、ちらりとこっちを見て笑っていた。

 みんな一旦ここで手を止めてしまったが。気を取り直して再開です。

 その後、二人のお陰で、十六枚を彫り終えるのに二時間掛からなかった。しかも一切ミスしてない。この子らすごいな。

「二人共、めちゃくちゃ手先が器用だね! 助かったよ、ありがとう!」

 最後に彫り終えた分を受け取って、インクを流し込んでいく。一人でやらなきゃいけない事実に半ば絶望していたから本当に助かった。

「これで中型と大型が作れるのかしら?」

 少し肩が凝ったのか、腕を伸ばしながらナディアがそう聞いてきて、私は思わずちょっとだけ視線を泳がせた。ナディアが首を傾ける。

「あー、いや、今のは全部、中型の」

 私の言葉に、ナディアとリコットがしん、と静かになり、此方をじっと見つめた。私はおどおどと視線を彷徨わせ続ける。

「大型のは?」

「えっと、この四倍の枚数が」

「……それも手伝うね」

「お願いします」

 平伏するレベルで深く頭を下げる。いやもうマジで二人が居ないとこれはしんどいです。私の性格上、無理がある。心からありがとう。

 今日は中型用の板を彫るだけでほとんど時間が消えると思っていたけれど、二人が手伝ってくれると意外と早く出来そうだ。なお、一人で全部やるはずだったものを早々に嫌になって支援要請を出したことは、ちゃんと悪いと思っている。

「二人にあとで金貨一枚ずつあげるね」

「金額がおかしいよ」

 日本円で言うと金貨一枚は十万くらい。確かに時間給にしたらおかしいかもしれないが、この作業かなりしんどいし、私はやりたくないし、大型の分まで手伝ってもらえるなら私には妥当と思えるお礼だった。しかしナディアも、呆れた様子で溜息を零している。

「家を建ててもらうお礼には程遠いわね。それとも建設費用は私達も支払うのかしら?」

「全部私が払うやつです!」

 腕で大きくバツ印を描いて否定する。なんてことを言うんだ。あれは私がみんなにプレゼントするものだ! こんな反応も、ナディアの想定内だったらしくて、私をじっと見つめた後で、軽く頷いていた。

「じゃあ良いのよ、この程度のこと」

「……むう。ありがとうございます」

 再び大人しく頭を下げる。リコットが後頭部を撫でてくれたのがちょっと嬉しかった。もっと撫でて。

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