第326話

 お散歩が大好きなサラとロゼには、追々、山の中にも歩ける場所を作ってあげたいと思っている。小さいパドックとか。勿論しっかり広い場所を散歩させるには山から下ろしてあげるけど、今は手段が私の転移魔法しかない。逞しいあの子達はもう慣れた様子とは言え、今後も負担に感じないとは言い切れないし、山から下りられる道も作っておいた方が良いだろう。

 ただ、それをするにはまずスラン村が『隠れ里』であるところから解決する必要がある。流石に寛容な彼女らも、何の準備も無く外部へと繋がる道が敷かれるなんて、受け入れてくれないだろうから。

 彼女らの事情を私はまだ知らない。聞くタイミングを逸してしまっていた。そんな私の考えを読んだみたいに、リコットが苦笑を零す。

「最初はさ、すぐに聞いちゃえばいいじゃん~って思ってたんだけど」

 まるで「今はそう思っていない」と含みを持たせるように、リコットが言葉を半ばで止めれば、その続きは小さく頷いたラターシャが告げた。

「帰り際のモニカさんを見てると、傷を抉る気がしちゃうよね」

 その言葉に私も軽く頷いたけれど、同意をしたかと言うと、微妙なところだ。別に、私はモニカの心の傷を気にして聞かなかったわけじゃないから。当初はただ、まだあんまり私を信用していないだろうし、素直に話してはもらえないと思っていただけ。私の方も色々と事情を隠した状態だったので、せめて真偽のタグについては打ち明けた上で、聞こうと思っていた。

 そういう意味では、もう、当時に足踏みをした理由は無くなっている。

 だけど信頼という意味ではどうだろう。私とスラン村の関係は『利害の一致』が一番大きい。最低限の信頼はあると思うが、まだ探り探り。そんな私らの関係を良好に保つ為の『屋敷建設』でもあるし、ならそれがもっと進んだ頃に聞いてみるのが良いかもしれない――。そんな風に思い始めた矢先の、モニカの言葉。そして街へ下りたことを、手放しで喜ばなかったヘイディ。

 彼女らを社会の中へ帰してあげたいと思ったのは、結局、私の勝手な都合なんだろうか。彼女らはそんなことをもう、望んでいなかったのかもしれない。それなら事情を聞き出すという行為は一体、何の為に必要なんだろう。私はよく分からなくなってしまった。

 黙り込んだので、女の子達が心配そうに窺ってくる。それに気付いて、とりあえずの笑みを向けた。

「一旦は、話してくれるのを待つつもりだよ」

 此方側に不都合が無い限りは、急ぐことでもない。だからきっとこの対応が最善なんだろう。みんなも頷くだけで、それ以上の言葉は無かった。

 夕食を終えて部屋に戻った後は、少しの食休みをして、入浴の時間になる。五人が順番に入るから早めに入り始めないと寝るのが遅くなってしまうからね。

「ナディ、お風呂やっといて~」

「はいはい。……なるほど、こうして消化するなら五十枚はすぐに無くなるわね」

「えへ」

 魔法札を渡すだけでお風呂の準備をしてもらえる。楽になったねぇ。ナディアの呆れたような指摘にただ呑気な顔でニコニコしていたら。

「今日は私にやらせて~!」

 勢いよくリコットが突撃してきた。あのねリコットさん。魔法札を持ってるのナディアだから。私に突撃しないで。柔らかいものが首に当たるのは良いんだけど、勢い良すぎて私の首がァ。

「……はいはい、二人でやっておいで。リコが失敗したらナディね」

「失敗しない!」

 私の言葉にリコットがぷんすかしている。可愛い。ナディアも顔を背けて少し笑っていた。

 そのまま二人揃って浴室に行ってくれて、ちゃんとリコットが魔法札を使えたらしい。一回目は失敗したけど、二回目で出来たんだって。とりあえずこれで二人が出来るようになったって思っていて良いかな。ルーイとラターシャももうちょっとのところまで来ているようなので、成長が嬉しいねぇ。私も早く、新しい魔法札の開発をしなきゃな……流石にちょっと今は手が回らないが。

「――それで、アキラ。お風呂は?」

「これ終わったら~」

 その後しばらくして、私の入浴順が回ってきた。中々動かなかったから見兼ねたナディアが声を掛けてくれたんだけど、私は部品の取り付けをしながら生返事。するとナディアの呆れたような溜息が返る。このやり取り、小さい時に母さんや兄さんともした気がするなぁ。何度も同じやり取りをすると兄さんに首根っこ掴まれるんだ。懐かしい。しみじみと思い出に浸りつつ手を動かしていると。

「私が初めて温めたお風呂にアキラちゃんが入ってくれない……」

「すぐに入りま~す!」

 部品は机の上に投げた。それはずるいですよリコットさん。ナディアも俯いて顔を隠しながら震えている。これは笑っているな? 隠さずに笑顔を見せなさい。でもこれ以上リコットに悲しい顔を続けさせてはいけないので、素早く準備して浴室へと駆け込む。

「ふい~、温かかったー。ありがとうね、リコ」

「うん」

 魔法で温めたお湯は冷めるのが普通より遅く、順調に入れば五人の入浴が終わるまで保つ。それでもやっぱりいつかは冷めてしまう為、私がウダウダしてると温め直しになるのだ。そうなると確かに、『リコットが初めて温めたお風呂』ではなくなっちゃうよね。本気で彼女がそんなことを気にしたとは思っていないけどさ。

 さておきリコットとラターシャが寄ってきて、私の髪を乾かしてくれる。当然私は自分で乾かせるし、そんなことは彼女らも分かっているのに、いつも丁寧に乾かしてくれる。それが嬉しくて私もついつい甘えていた。しかも最後は必ずラターシャが髪を梳いてくれるんだ。嬉しい。しかし今日は髪が整うと同時に、そんなラターシャからの小言が一つ。

「あんまり夜更かししたらダメだからね、アキラちゃん」

「はは、気を付けるよ」

 そろそろ就寝時間を迎える子供に注意されては敵わないな。「気を付ける」のではなく、早めに寝ることを改めて約束したら、厳しいラターシャも許してくれました。

 じゃあ、さっき投げた部品、付けますか。

 取り付ける場所が私の身体の正面に来るように位置を整え、部品の向きもちゃんと確認して、この状態を固定しながら……って、誰かが後ろでうろうろしてるな。この動きは、リコットかな。

「どしたー?」

 振り返らずに声を掛ける。今ね、手も目も離せませんので。

「近くで見ててもいい?」

 予想通り、返ったのはリコットの声だった。了承を告げれば、いそいそと椅子を持ってきて、少し私から距離を取って座る。おそらく邪魔にならないようにと気を遣ってくれた距離感だね。じっと私の手元を見ているらしい。アクセサリー作りに興味があるなら、こういう細かい作業も見ていて楽しいのかもしれないな。真剣に見つめてくる可愛い顔が見たいのに、やはり私は今、手も目も離せないのだった……。

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