第325話

 宿に戻ると、まだほんの少し夕食まで時間があった。ちょっと休憩――と思いつつ、机の方に座ったら結局は図面が見たくなって収納空間から引っ張り出す。まずは小さい照明魔道具の製作だな。図面を眺めながら、この隙間時間に製作の段取りでも考えよう。

「アキラ、今、話し掛けてもいいかしら」

「ん、うん。どうしたの?」

 意識が図面の方に入っちゃう直前、傍にナディアがやってきた。さっきちょっと様子が変だったからと、注意深くその表情を見つめるけれど。一瞬だけ私と目を合わせたナディアは素っ気なく私から目を逸らしてしまった。かなしい。

「私達の屋敷の図面もまた変更するのよね? 薪のところ」

「ああ、そうだね。変更予定だよ」

 スラン村に居る間に直した図面は私の屋敷の分だけだ。他の屋敷の為の薪置き場はまだ追加していない。私の分はルフィナ達に渡したかったから優先で直したけど、他はまだ仮の図面なのでいいやと後回しにしていた。

「それ、少しだけ待ってもらえるかしら。他にも手を入れてほしい部分があるから、どうせなら、まとめて直してもらえたらと思って」

 なるほど。何度も直すのは手間だろうって思ってくれたのかな。いつも私の負担を考えてくれて、嬉しいなぁ。

「分かった。ただ、忘れないように印だけ先に入れてもいいかな?」

 私の言葉にナディアは逸らしていた目を此方に戻して、数拍、沈黙した。

「あなたの、負担じゃ無ければ」

「大丈夫だよ。夕食後にそれだけ書かせてね」

 やっぱり気にしてくれるのはそこなんだね。嬉しくなってナディアの頭を撫でたら、猫耳がぴっと倒れる。可愛いなって頬を緩めたのも束の間。手を離すと同時に手櫛で髪を整えられた。私のせいで乱れましたか、そうですか……。

 項垂れていたら、心の傷に浸る暇も無く夕食時間になった。はい、みんなで食事処へと移動しましょうね。

「――ああ、うん。知ってたよ」

 食事を開始してすぐ。女の子達にケイトラントの屋敷について聞かれた。知ってたよ。そもそも彼女はあの村で唯一の戦闘要員だから、門から一番近い場所に配置されているだろうと凡そ予想が出来ていたし、あの屋敷がそうかなーと思って視線を向けたらタグも出たので。

「だけど少しずらせば入り口と窓までは日当たりを確保できるし、その辺りは相談しようと思ってた。そっか、陰で良いなら楽だね」

 私とカンナの屋敷を横並びにしたら、四人の屋敷より幅がある。だから敷地の取り方を考えるとケイトラントの屋敷に掛かり過ぎないよう、四人の屋敷の位置を奥側――カンナの屋敷側へとずらして配置する予定だった。二階建てをあんまり村の中央に寄せると圧迫感もあるから、やや外側にはするとして。ギリギリまで奥に入れる必要は無くなったね。私の説明に女の子達も納得した様子で頷いた。ちょっとホッとしているようでもある。あら。そんなに私、容赦のない考え無しだと思われて……今までのスラン村での暴れっぷりを思い返せば、そう思われても仕方ないな。

「現時点で出ている要望としては、一階にも小さい物置が欲しいの。傍の部屋が狭くなっても良いから」

「ううん、今のまま物置を追加するよ~。まだ敷地には余裕があるから」

「……そう。ありがとう」

 だってさっきの話だと、奥に配置しなくて良いってことだし。それだけ四人の屋敷はまだ大きく出来る。手入れが大変にならない程度の適切な広さを設定したものの、本人達が望む『追加』があるなら大きくすることは全く問題ないはず。

「どれくらいの大きさにしようか。今の宿の浴室くらい?」

「それは広すぎるわよ。その三分の一くらいで充分」

 了承を伝えつつ、三分の一よりはちょっと大きくしようと思った。ちょっとだけね。だってナディアや女の子達は希望を控え目に言っていると思うからさ。ただあからさまに大きくすると怒られるので、程々に。そんなことを考えていると、次はルーイが首を傾け、疑問を口にする。

「アキラちゃん。天井ってどれくらいの高さ? 数字だけ見てると、ピンと来なくて」

「うーんと、今の宿の天井より、ほんのちょっと高いくらいだよ」

 差がこれくらい、とジェスチャーで示す。あんまり高すぎると、やっぱりそれもメンテナンスに困るので。ただしあんまり低いのも狭く感じてしまう。何事も適度が大事だね。

 それにしても。ウェンカイン王国の単位で各寸法を書けば伝わると簡単に考えていたが、そんなわけなかったな。初めからもっと比較になるものを記載しておけば良かった。反省。

 その後もナディア達は水捌けの話とか、屋敷について色々細かく聞いてくれて、この家に住むイメージがちょっとずつ固まってきたんだなって、少し嬉しく思う。

「あと、ラターシャが弓の練習をする場所って、あの村に確保できるかしら?」

 ハッとした。同時にラターシャが何処か慌てた様子で口を挟む。

「ごめんね、その、必須じゃないんだけど、あったら嬉しいって思って……」

「いやいや、住むなら必須だよ。言ってくれてありがとう、失念してた。作ろう」

 弓の練習場ってのは小さくないし、後付けで頼める規模じゃない。巻藁を置くだけなら小庭程度でも良いが、ゆくゆくはきちんとした的と矢で練習できる場所が必要だ。森の適当な木を的にするのも悪くはないんだけど、森に紛れて練習すると住民らと接触してしまう危険もある。練習場としてしっかり場所を確保し、余所に矢が飛ばないように囲われた場であるべきだ。

「それに練習場を作っておけば、私も偶に弓が引けるね」

 ラターシャ専用って言ってしまうと気兼ねするだろうから、そう付け足しておく。ラターシャは少し迷ってから、ありがとうって言ってくれた。

「ところでさー、アキラちゃん。サラとロゼってどうするの?」

「あ、馬小屋。うわー、それも言うの忘れてた」

 私も色々抜けてるなぁ! 構想はあったのに完全に伝え漏れていた。リコットありがとう。

 最初は私の家に馬小屋を引っ付けようと考えていたものの、結局は別々に作る形に変更していた。でも元の構想では一つだった為、自分の屋敷の図面を渡したら伝えたような気になっていたのだ。

 馬小屋は、村を囲う塀に沿わせる形で作ってもらおうと思っている。ただ今後はあの塀が防獣フェンスに取って代わることになるので、この要望も早く伝えておかないとフェンスの設計に影響してしまうかもしれない。

 夕食から戻ったらすぐにモニカに通信するか? いや、明日の朝の方がいいか。日が暮れたら照明の無い彼女らはもうきっと就寝している。

 うーん、みんなの指摘、大変に助かりますね。私、もっとしっかりしなくては……。

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