第324話
そんなことをしている間にも時間は止まってくれない。私は机の上に置いてある時計を一瞥すると、幸せな誘惑を振り払う決意をした。
「夕食まであと二時間も無いな。もうちょっとリコに抱かれていたいけど、またちょっと出掛けてくるよ」
正直に言えばあと三時間くらいは抱かれていたいんだけどね。うん、ちょっとじゃねえな。
とにかく私はリコットの腕に寄り添うように未練がましく頬を擦り付けてから、ゆっくりと立ち上がる。その動きに応じてリコットは腕を解いてくれた。
「慌ただしいね、何処に行くの?」
「さっきの工務店。試作用の金属はあそこで買おうと思ってさ」
色々教えてくれたし、少ない量の発注なら目立たないだろう。何より、城からの分を待つより早く、そして確実に手に入る。私が出掛ける身支度を始めると、軽い足取りで傍に来たリコットも同じく上着を手に取った。
「リコが来る?」
「うん」
当然のように頷いてくれると嬉しいね。されるのは監視なんだけど、でも嫌そうな顔で押し付け合いをされたら流石につらいじゃん。ただ、女の子達の中で既にまとまっていた順番ではなかったらしく、ラターシャが少し気にした様子で振り返る。
「リコット、此処のところずっと任せちゃってるけど、平気?」
その聞かれ方は何か妙にむずむずしますよ。見張り役にそこまで心労を掛けているつもりは無いんだけど。リコットは私が変な顔をしてることにも気付いていたんだろう。ちらりと私を見た後で、ラターシャに笑みを向けた。
「工務店、私は結構楽しいから平気だよ」
そうだね、そういう意味ではリコットであるべきなのかも。他の三人はまるで工務店に興味が無いもんね。話がまとまったので行きましょうか――と部屋の扉に向かおうとしたところで、ふと湧き上がった違和感に足を止める。
「ナディ、なんか大人しい? 体調が悪いのかな」
視界に入ったナディアがテーブルに座ったまま目を閉じていて、そういえばさっきからあんまり声を聞いていないことに気付いたのだ。じっと見つめて、顔色を確認する。普段と変わりないようには見えるけど。ナディアは私を見上げ、少し驚いた様子で一つ瞬きをした。
「大丈夫よ」
「そう? ならいいけど。疲れてるなら、ゆっくり休んでてね」
「ええ」
うーん。嘘って出ていないものの、やっぱりちょっと大人しい印象を受けるなぁ。いや、いつもが大人しくないわけじゃないんだけどね。さておき。気になるから様子を見ておいてねって伝えるつもりでラターシャとルーイに視線を向けたら、目が合った二人は緊張したような顔を見せた。え、何だろう。三人共よく分からないな……。
だけど、本人が大丈夫って言うからこれ以上は良いか。とりあえず、そのままリコットと外出した。
「何かナディ、変じゃなかった?」
「んー、そうだね、少し」
宿から出てすぐのところで、隣を歩くリコットにも聞いてみる。彼女もナディアを気にするように宿の方を軽く振り返っていた。
「離れている間に、スラン村で何かあったのかなー」
「アキラちゃん」
「ん?」
様子がおかしくなったのはその辺りからかも、と思い返しながら呟くと、リコットはやや困ったような色を含んで私を呼んだ。
「ナディ姉のことは私も気にしておくから。それ以上、心配事は抱えないでいいよ」
私に寄り添い、いつものように腕を絡ませながらリコットがそう言った。私の女の子達は本当にみんな心優しい。抱え過ぎだよって、いつだって私の荷物を一緒に持とうとしてくれる。
「分かったよ。でも何か助けが必要だと思ったら、教えてね」
「うん」
すぐ傍にある可愛い笑顔が堪らなく愛おしくなって、軽く引き寄せてこめかみに口付けた。リコットはくすくすと楽しそうに笑っていた。
さて本日二度目、昨日からは三度目になる工務店への訪問だ。
「おっちゃーん」
「あはは、おう、いらっしゃい」
店主のおじさんは、また来たのかって顔でちょっと笑っているが、また来るって言いましたからね。まあ本日中だとは言わなかったけどね。
「さっき聞いた支柱用の金属なんだけど――」
貴族様も利用する高いやつの丸棒を三十本ほど欲しいと伝えると、すぐに在庫確認に走ってくれた。一分以内に戻ってくる。ぎりぎり今すぐ買えるだけ在庫があるらしい。思っていたより確認が早い。オンラインの在庫管理システムがあるわけじゃないのに、すごいねぇ。
「何処かに届けるか?」
「ううん、また外に出してもらえたら空間に入れるよ」
「本当にでけえ収納空間だな。羨ましいねぇ」
「あはは、便利だよ~」
在庫が足りなかったらあるだけでも良いやって気持ちだったので、三十本が手に入ったのはラッキーだったな。普段からあまり数は置いてないようだ。お高めの素材だから、大量購入する人が少ないのかも。
支柱製作に使えそうな工具も追加で買って、会計を済ませて外に出る。全部まとめて収納して、買い物終了! じゃあ夕飯に間に合うように、真っ直ぐに宿へと帰りましょう。改めてリコットと来た道を戻る。
「リコはさ」
「うん?」
「作りたいもののデザインとかはやってるの?」
折角二人きりだからと、アクセサリー制作について聞いてみる。リコットのことだから他のみんなには言ってなさそうだし。だからさっき部屋で本を借りた時も、曖昧な表現だけに留めていた。
「ちょっとだけ描いてる。けど、デザイン画っていうか、イメージ図かな」
「うんうん、良いと思う。自分で作るんだから、決まったやり方である必要なんてないと思うよ」
ついでに、隠しているのかも今の内に確かめておこうかな、と一瞬だけ思ったが。リコットが答えてくれる時には「まあいいか」という気持ちになっていた。みんなの前で話題にしなければいいだけだ。私にとっては大したことじゃない。
それよりも会話に集中しましょう。デザインね。
「各所のサイズをきちんと数値化しておいたら、それで充分じゃないかな」
作りながらサイズを決めてしまうと失敗しやすいと思うので、そんなアドバイスをしてみる。感覚で作れる人も居るだろうし、慣れたら不要になることもあるかもしれない。私もアクセサリーは作ったことが無いのでその辺りは正直、分からないんだけど。
「例えば、ほら。これ、小さい魔道具の図面なんだけど」
「お~」
私の図面はアクセサリーではないが、どのようなサイズを記載して、部品の組み合わせ時にミスしないよう気を付けているかを説明するには丁度良かった。歩きながら二人で図面を覗き込むのはやや異様だったものの、リコットが「参考になった」と言って喜んでくれたからそれで良いのです。
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