第323話_ジオレン帰還

 ジオレンの宿へと戻った私は、机に座って短く息を吐く。やることが沢山あるぞ。まずは発注だ。急ぎ、手元の紙にざくざくと文字を書いて、一つの手紙を用意した。

『王様~。今、傍に居る?』

 そして唐突に王様へと呼び掛ける。応答は無い。んー、忙しいかな。まあ一国の王だから暇ではないだろうな。

『誰か傍に居たら、王様に伝えておいて。時間がある時に呼び掛けてって』

 以前にも此方から呼び掛けたことがある為、あの王様なら一人くらい誰かを付けているだろうと半ば確信の上でそう続けておく。予想通り、私から二度目のアクションを取るまでも無く、十五分ほど経った頃に耳鳴りがした。

『――アキラ様。申し訳ございません、すぐに対応できず』

 王様だ~。

 彼からの呼び掛けに少しであれ笑顔が出たのは初めてだった。多分。

『いいよ~急にごめんね。五分くらい喋って良いかな?』

『問題ありません』

 彼の快諾を受けて、私はさっき用意した手紙を手に取る。

『ちょっとお願いがあってね。今から一つ封筒を送ります。中に短い金属線が入ってるから、触る時には気を付けて』

『――はい、受け取りました』

 送るとすぐに王様はそう答え、封筒を開いて中を確認してくれる。紙が一枚と、十五センチ程度の金属線が一本。

『そこに書いてある資材を、記載の通り仕入れてほしい。その量、私が仕入れると目立っちゃうからさ』

 発注内容は勿論、支柱になる丸棒と、金属線。ヘイディに伝えていた『別』の仕入れ先は城のことだった。っていうか城を経由するって言うかね。村を囲えるほどの規模になると、他の何処に頼んでも相手が目立っちゃうので。

『金属線は色にも拘りがあるから、全く同じものでお願い』

 ヘイディが選んだ金属線は元より光沢の無い濃い茶色をしている。支柱の方は加工後に塗料を使う予定だから多少の色違いは隠せるしどうでも良いけど、金属線は全く同じものが欲しい。その為にサンプルを同封した。

『今ね、あの山で色々工作して遊んでるの。それに使うから。ちゃんとお金も払うので、仕入れた時の明細はきっちり残しておいてよ』

 前に、山の開発で助けが必要ならいつでも――って言ってくれてたし、こう言ってしまえば深く追求されることも無く協力してくれるはずだと踏んでいた。実際、あの山の為の物だから悪いことは何もしていない。

『しかし、この程度であれば、領地の運営費用として此方で賄えますが』

『だめ。必要な時はまたお願いするよ。今回は支払う。手間賃だけサービスしといて』

 だって払うのは私じゃなくてスラン村だし。タダで渡したらまた悲しい顔をすると思うんだ。それに本来、領地の運営費用ってのはその地に住む領民からの税金や、領主がそれを元に稼いだお金で賄うものであって、国から別途支援をするのは災害が起きた場合だとか、そういう有事の際であるべきだ。無駄に国庫を減らしたら他の領民の負担になるだろう。そんなことを思いつつハッキリお断りすると、王様はちょっと唸ってから、了承は、してくれたんだけど。

『でしたら、費用を抑えられるように尽力しましょう』

 ちょっと笑っちゃった。何とかして私に支援したいんだな。微かに笑い声を漏らしたせいで、テーブルの方で雑談していた女の子達が、私を窺った気配を背に感じる。今、話し掛けないでね……不審な私が悪いんだけどね。

『厳守してほしいくらいの納期は無いんだけど、早ければ嬉しい。一気に揃えるのが難しいなら、分納でもいいよ』

 こっちは受け取ってから加工を開始するからね。最初の納品分の加工中に、残りの仕入れを頑張ってくれたらいいし。そんな説明をしていると、私の後ろにリコットが立って、手元を覗き込んできた。何をして笑ってるんだろ~って覗きに来たみたい。私は彼女に微笑みを向け、ちょっと静かにしててねって人差し指を口の前に立てた。リコットは首を傾けつつもちゃんと頷いて口を閉ざす。でもそのまま私の背に引っ付いて、両腕を回して凭れてきたよ。この子バックハグが多いんだよね。可愛い。そしてまたうなじに良いものが当たっている。とても嬉しい。

 王様はすぐに資材の仕入れについて確認をしてくれるらしい。予定が分かり次第また連絡をくれるようにとお願いして、通信を終えた。

 お話が終わったから、改めて上を向いてリコットと目を合わせる。

「ごめん、王様と喋ってた」

「あ、通信中だったんだ。私の方がごめん。依頼?」

ね」

 大量の資材を城に発注した話を、みんなにも説明する。討伐依頼ではなかったことにホッとした顔を見せつつ、リコットは苦笑していた。

「めちゃくちゃ便利に使うよねぇ」

「ま、向こうも私が隠れて生きてるのは都合が良いはずだから。これくらいは協力して損ではないって判断だろうね」

 召喚した救世主が城に留まらずに遊び歩いてるなんて、民に報せたくないだろうからね。

 とは言え、王様とかベルクは、何だか私に尽くすことに喜ぶ節がある信奉者だから、利害を思っているかは知らないが。彼ら以外の、例えばアーモスみたいな奴にはきちんと説明が付けられる方が手間も無くて良いだろう。

 彼らにはこの先も私にとって『利用しやすい駒』でいてもらう。その為には、城で内乱されたら困るからね、その程度の気遣いはしてやるのだ。私って偉い。

 さて。やることは色々あるが、まだリコットが巻き付いてて可愛いから離れたくないなぁ。私がペンを持っても立ち上がっても、離れちゃうだろうからなぁ。のんびりと彼女の腕に寄り添う。温かくて気持ちいい。

「あ、そうだ。リコ、前に話してた本を貸して」

「えー、嫌だ」

「なんで!?」

 良いよって言ってくれていたはずでは!? びっくりして振り返ったら、リコットはちょっと眉を下げていた。

「私のことは後回しで良いんだよ?」

 ああ。私が沢山抱えているから、新しい作業を渡してしまうようで、心苦しいのか。優しさが嬉しくて愛らしくて、自然と目尻が下がっていく。

「隙間時間に見ておくだけだよ」

「……嘘だったら怒るよ?」

 疑い深いなぁ。眉を寄せて口を尖らせる顔が可愛くって、ちゅーしてやろうかと思ったけど、此方を窺っているお姉ちゃんの気配があるからやめておきます。きっとまた後頭部を殴られるね。

「本当だよ。無理はしないって約束するから」

 誠実な思いできちんとそう伝えたら、渋々って顔のままでリコットは三冊の本を出して、机に置いた。表紙と目次だけ軽く確認する。ふむふむ。なるほど、確かにアクセサリー制作に関する内容だ。

「ありがと。魔道具製作の参考にも出来そう」

 これは他三人に対するカムフラージュではなく本音だった。魔道具にもちょっとくらい装飾は付けたいもんね。遊び心としてね。とりあえず今は収納空間へと仕舞っておく。リコットが心を痛めない程度の隙間時間に、チェックしておきますよ。

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