第321話

 その後、間もなくして図面が完成したルフィナから、正式に支柱の製作依頼を受けた。素材についてモニカも含め相談すると、高い方にしてほしいと言うのでそれで確定。

 この村にはリガール草の時に得た報酬がたっぷりある。勿論、大事に使うべきだとは思うけど、防獣対策は必要な投資だとモニカも判断したんだろう。私も同感だ。

 さて。私は資材の仕入れもまとめて担当しなくちゃいけないので、必要数をしっかり確認しておく。さっきヘイディが購入した分もちゃんと差し引いてね。

「じゃあ、今日はこの辺で。長居してごめんね。今度からは来る数日前に、訪問予定を知らせるよ。手紙を魔道具の傍に送っておくとかして。緊急時以外ね」

「お気遣いありがとうございます、承知いたしました」

 一瞬、ナディアがちらっと私を見たけど。何も言わなかった。普段の彼女なら「最初からそうしなさいよ」って言うんだけどな。ま、いっか。

 ルフィナとヘイディとは屋敷の中で別れて、私達は一旦、外に出た。別に中からでも転移魔法は使えるんだけど、小物とか間違えて持って来ちゃいそうで不安だから、開けた空間で飛ぶ方が安心だ。

「領主様」

「うん?」

 転移前に挨拶をしようと振り返ると、モニカが真剣な表情で私を呼ぶ。

「ヘイディは、街で、……どのような様子でしたか」

 質問には含みがあり、彼女は聞きたいことが色々あって、その全てを私が察してあげることは出来ないと思った。多分モニカにもそんなことは分かっているだろう。だから私は、私の感覚で答えることにした。

「久しぶりの人里にもっと怖がるか、もしくは喜ぶかと思ったんだけど。ずっと冷静だったよ」

 嬉しそうな顔を見せたのは工務店の中でのほんの一瞬、ほんの少しだけ。それを何処か寂しく思った私は多分、喜んでくれることを期待していたんだと思う。勿論、目立つほど怯えられたり喜びが隠しきれずにソワソワされたりしたら困ったのは私なんだから、あれで良かったんだとは思うけど。それでも少しくらい、……いや。こんなのは本当に勝手で、独り善がりなことだ。

 モニカはそんな私の心も知っているように、静かに頷いた。

「喜んでいたと思います。恐れてもいたでしょう」

 誰の為の言葉だったのか、分からなかった。それは私の心にも慰めのように響いたが、同時に他の誰かの為であるようにも感じた。

「……しかしそれを素直に感じ入り、表に出すには。私達は多くを失い過ぎたのかもしれませんね」

 寂しそうに笑うモニカはこの時、今までで最も無防備に、彼女の心を見せてくれていたように思う。もしかしたらヘイディを見送った時、モニカも私と同じ気持ちだったのかもしれない。

「それでも本日、ヘイディを連れ出して下さったこと。私は感謝しております。ご厚意、ありがとうございました」

 そう言ってモニカは私に向かって頭を下げた。その姿を見つめた後、私は目を逸らすようにして、少しだけ視線を落とす。

「私には、君らの痛みは少しも分からない」

 平和ボケした人間だ。彼女らがその身に受けた苦しみや悲しみを、想像すら出来る立場にない。きっと一生、同じ目線で考えてあげられる日は来ないだろう。

「だけどもう辛い思いはしないでほしいし、悲しい気持ちにもなってほしくない」

 口にしてから、私の言葉じゃないみたいだなと思った。こんなことを、私が言ってどうしたかったんだ。はあ。一つ息を吐いて、頭を振る。

「変なこと言った。ごめん。とりあえずみんなの生活を守るのが私の役目だよ。今日のは、まあ。村に必要なことだっただけ」

 私の言葉にモニカは柔らかく笑って、ただ一言、「はい」と言った。んん。気まず。帰ろ。

 そのまま私達は短い挨拶だけでスラン村を立ち去った。女の子達は、私がモニカに告げた言葉に対して、何も言わなかった。


* * *


 時間を少し遡り、アキラ達がヘイディを連れてジオレンに行っていた時のこと。

「――私達は、少し外に出ていますね」

「はい。何かお困りのことがあれば、いつでも仰ってください」

 残されたナディア達はモニカらが話し合いをしている間、大部屋に残ることなく、すぐに屋敷を出た。穏やかなモニカの厚意にも丁寧に礼を述べる。

「予定だと、アキラちゃんの屋敷が門に一番近い場所で、私達のは中央寄りって配置なんだよね」

 ラターシャの言葉にナディアが軽く頷いて応えた。

 三人はそのままのんびりと村を進んでいく。時折、擦れ違う村人は既に彼女らの訪問を知っている為、穏やかに会釈してくれていた。

 ナディアは正直、アキラ無しで歩き回ることにもっと警戒される可能性を考えていた為、柔らかな住民らの対応には逆に戸惑いを感じていた。スラン村は心が強いのだ。それを実感しつつ、気を取り直すように、軽く咳払いをして二人を振り返る。

「玄関の向きが違うはずね、アキラと侍女の玄関は門側、私達の屋敷は中央側……ということは、門を入って右側、あっちが北なのね」

 ナディアが手で方角を示すに従って、ルーイは手に持っていた地図をぐるんと回して向きを合わせていた。その様子が愛らしかったのか、ナディアが微かに目尻を下げる。

 スラン村の、ケイトラントがいつも守っている門は東を向いている。その為、門を入って右が北、左が南になっていた。アキラ達の屋敷はまとめて村の南東側――門から見れば左の手前に置かれることになる。そしてアキラの屋敷の左奥にカンナの屋敷、二つの屋敷の後方にナディア達の屋敷が建つ予定だ。

 そしてその向きと配置ならば、ナディア達の二階バルコニーは他の建物が何も無い、村の外側を向く形になる。

「そっか、だから『見えない場所』に干せる、なんだね」

 最初に間取りを見せてくれたアキラが言っていたことに、改めて納得した様子でルーイが嬉しそうに声を弾ませる。あの時は、『二階という高さなら周りから見えにくい』というだけの意味だと思っていたのだ。勿論、裏に回ればそれしか残らないので、そういう意味もあるだろう。

「どれくらいの広さかしらね。まだ引かれていないから、ピンと来ないわ」

 建設予定地に到着した三人は、並んでその場所を眺める。現在はまだ目安も何も置かれておらず、村の敷地拡大が進んでいるだけ。以前に来た時よりも門の左側は広々としていた。

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