第320話

 何だか柔らかくなっているリコットが落ち着くようにと、いつもより少し身を寄せて近くの棚を眺めること二十分。ヘイディが買い物を済ませた。

「まいどあり。しかし女の子達で全部持てるかい?」

 金属線も部分購入とは言え、普通の女の子が担いで家まで持って帰るような重量ではない。おじさんが心配するのは自然なことだ。追加料金で届けることも出来るが――と説明してくれたところで、私は軽く首を振った。

「平気。私ちょっと、収納空間が大きいんだ。店から出たらすぐ入れちゃうよ」

「おお、それなら外までは俺が運んで出してやるよ」

「いいの? 助かるよ、ありがとう」

 店内に張られている収納空間禁止の術は、容易にオンオフ出来るものじゃないから、外まで運ぶのは必須だったんだけど。おじさんがそれを担ってくれた為、私達は一度も運ぶ必要なく収納できた。優しいおじさんだ。

 金属線以外はヘイディが買い足した工具と消耗品の釘など、小さいものだけ。まあでもそれらも小さいとは言え金属だし重そうなので、とりあえず私が収納しておく。

 これで任務完了。宿に戻り、スラン村へ転移しましょう。と思って来た道を戻ろうとしたところで、リコットが私の袖をぎゅーっと引いた。

「びっくりした。どうしたの?」

「折角だし、スラン村のみんなにケーキとか買っていこうよ。そういう甘味ないでしょ、あそこ」

「え、リコって天才じゃん。全く思い付かなかった」

 果物などは自生しているものがあるけれど、砂糖が無いのだ。少し甘みのある植物があって、それを代用しているとは言っていたが、久しぶりに食べられるなら、ケーキ、喜んでくれるのでは? 私はちょっと勢いよくヘイディを振り返る。彼女は私の勢いに驚いてちょっと引いていた。

「甘いものがダメな人は居る?」

「い、いえ、居ませんが、でも」

「私達からの差し入れだから気にしないで! 買って行こう!」

 住民が十九人だから、二十四個以上を買って私達も一緒に食べれば気を遣わせもしないだろう。五種類五個ずつ買って、クッキー缶など日持ちするものは十九人分。これでどうかな。ケーキの余り一つくらい誰かが食べるよね。

「あ、あの、何から何まで、すみません」

「ううん。喜んでくれたら嬉しいよ」

「勿論とても、嬉しいです」

 そう答えるヘイディは少し頬を上気させていた。私は充足感に満たされる。全部まとめて収納空間へと放り込み、ようやくスラン村へと帰還した。

「まあ」

 ケーキとクッキーを差し入れとして買ってきたと言って出したら、モニカはただ一言そう零して目を丸める。

「此方がいつもご負担をお掛けしている立場ですのに」

「気にしないで。私もリコも、君らの喜んだ顔が見たかっただけだから」

 何でだろう。この時、私は妙に楽しくってニコニコしていた。少し戸惑っていたモニカは私の顔を見て、ふわりと表情を緩める。そして「とても嬉しく思います」と言ってくれた。他の村人には従者さん達が、手が空いた者は食べに来るようにって伝えてくれるらしい。足早に屋敷を出て行く。

 ちなみにルフィナはまだ製図中だ。急がずゆっくり進めてくれたらいいよって伝えて、私とリコットは休憩する。私達の分もあるし、食べちゃおうか。持ってきた差し入れを最初に頂くという暴挙に出た。まあ、でもその方がみんな気兼ねしないよ。きっと。

「アキラちゃん、おかえり」

「ただいま~。みんなは何処に行ってたの?」

 私達が戻ったことを、さっき出て行った従者さんに聞いたみたい。部屋に戻った時に居なかったラターシャ達三人が戻って来た。

「ただの散歩よ。いつか住むのなら、慣れておきたいし」

「そっか、そうだね」

 差し入れの件はみんなにも伝えて、まあまあ食べなさいと進めたら、常識的な彼女らは「差し入れを先に食べていいの?」と困惑していた。そうなるよね。分かる。良いから食べなって。

「モニカ、また欲しいものがあったらリストにでもしてくれたら、いつでも買ってくるからね。お菓子でも良いんだよ」

 ちゃんと手数料も貰うんだから、遠慮しないでね。改めて伝えたら、モニカが少し眉を下げて「ありがとうございます」と言った。しばらくはジオレンに居るし、魔道具のことや屋敷のことで行き来もあるから、そのついででもいい。緊急時以外に通信で呼ぶのは、ちょっと気兼ねするんだろうから。

「アキラちゃん、ほどほどにね」

「うん?」

 ラターシャが苦笑を浮かべてそう言う。私は意味が分からなくって、首を傾けた。そしたら私の隣に腰掛けたルーイが、テーブルの上を気にしながらも小さい両手を前に出した。

「今ねえ、いっぱい持ってるよ」

「あー」

 私が沢山の荷物を抱えているというジェスチャーだったらしい。逆隣りに座っていたリコットが、テーブルの下で私の服の裾をそっと握る。

「私はちっとも重たくないよ。楽しいよ。でも」

 裾を握ったままのリコットの手を、誰にも気付かれないようにテーブルの下で柔らかく包んだ。

「みんなが心配してるのは分かったよ。ありがとう」

 そう伝えたら女の子達は笑って頷いてくれた。ちなみにナディアはその間ずっとつまらなそうな顔で黙っていた。いつもこういう時は率先して私を叱る人だけど、まあ、もう疲れてるんだろうな。毎日怒らなきゃいけなくてな。ごめんなさい。

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