第319話

 ヘイディはしゃがみ込み、一箇所に留まった状態で難しい顔をして表記を見つめていた。

「どう?」

「あ……はい、二つで迷っています」

 私が声を掛けると一瞬驚いて肩を跳ねさせ、それが恥ずかしかったのか、ちょっとだけ耳を赤らめて笑う。私より年上だろうヘイディにこう言うのは何だけど、反応が時々、可愛い。

 さておき、どれで悩んでいるのかな、と覗き込む私に、彼女は迷っている二つを教えてくれた。どちらも丈夫さを売りにしているが、値段が結構違う。うーん、あの村を覆うくらいの量になると、かなり大きな差が出そうだな。

「出来たらこの高い方が欲しい感じ?」

「そうですね、理想です」

 どちらの金属線も他のに比べたら強度があるんだけど、一番強いのが、一番高いと。さっきのおじさんが言った「世の中はそういうもの」という言葉が頭を過ぎる。でも私のタグが表示したものを見て、おや、と首を傾けた。改めて、確認の為に高い方の金属線の表記を端から端まで読み込む。うーん、タグが言うことが、書いてないんだけど。

「これ……水に弱いんじゃない?」

「え?」

「おっちゃーん」

 店主を呼ぶ。他にあんまり客が居なかったからか、すぐに来てくれた。

「この二つの金属線で迷ってるんだけど、水ってどっちも大丈夫?」

「いや。こっちが水に弱いんだ。ああ、記載してねえじゃねえか。悪いな、追記しておくよ。屋外や、濡れそうな場所で使うなら、こっちが良いぞ」

 そう言っておじさんは、二つの内、安い方を指差した。私達がアドバイスに礼を言うと、そのまま高い方のプレートを回収して去っていく。説明を追記するのだろう。

「良かったね、こっちにしようよ」

 屋外使用で言えば、安い方が今回の目的には適しているようだ。

「ありがとうございます、勉強不足でした」

 いやいや、私もタグで知っただけであって勉強とか何にもしてないよ……と思ったけど、言うのは後で良いや。それよりも。

「ヘイディ、必要分を全部は購入しなくていいよ。大量購入は別でやる。今回は試作に必要な分か、その倍程度に抑えて」

「分かりました」

 こそっと耳打ちしておく。村を覆うほどの規模の金網の資材分を、一般市民が購入するのはあまりにも目立つ。流石にこの資材集めは『協力者』が必要だ。ヘイディはすぐに理解してくれたみたいで、自然な振る舞いで頷いてくれた。

「他にも見るものはあるんじゃない? 時間はあるからゆっくり見て良いよ」

「はい」

 一瞬だけ、ヘイディは嬉しそうな顔をした。もしも彼女が、今の役割をただの役割として務めているのではなく、本当に愛しているとしたら。こんな工務店、いつまでも過ごせるくらい楽しいんじゃないかな。

 いや。こんなのは勝手な感傷だね。

 軽く頭を振って、私は一度ヘイディの傍を離れてリコットの傍に行こうとしたんだけど。

「――アキラちゃん」

「おわ」

 振り返ると同時に正面にリコットが立っていて、私は軽く仰け反った。そのリアクションに、リコットは怪訝に目を細める。

「なんでそんなにびっくりすんの」

「今そっちに行こうとしてたんだよ」

 まだ向こうの棚に居ると思ってた人が、目の前に出現したら驚くでしょ。苦笑しながら説明したら、リコットは納得してくれたのかよく分からない、微妙な顔で肩を竦めていた。

「終わりそう?」

「金属線は決まると思うよ。まだちょっと店内を見るだろうけど」

 小声で話しながら、ヘイディの行方を目で追う。今は金槌とか釘の置いてある棚の方をうろちょろしていた。そういえば私も木風呂を作った時、釘が無くて仕方なく組み継ぎしたんだよね。スラン村ってどうしているんだろう。あ、元は廃村だったか。何処かに少し工具や資材が残っていたのかも。消耗品はそれを切り崩しているんだとしたら、今、買い足しておきたいよね。

「あのさー、アキラちゃん」

「うん?」

 ヘイディの方を見ながらぼんやり考えごとをしていると、不意にリコットが呼ぶ。振り返るけど、リコットはちょっと俯いていて私の方を見なかった。

「前からちょっと話そうと思ってたんだけど」

「ほう」

 思い返せば時々リコットは何かを話そうとする気配を見せていた。元々リコットってちょっとミステリアスなところがあって、心の内は一番話してくれていない気がする。そんなとこも可愛いから放置していたが、いよいよ何か秘密を教えてくれるらしい。どきどきした。

「私、アクセサリーとかに、興味があって」

「そうなの? いくらでも買ってあげるけど」

「そっちじゃない」

 私の返しにリコットが項垂れてしまった。あら、違うのか。もう彼女に似合うアクセサリーのラインナップを頭の中で並べていたというのに。っていうか、この反応、もしかして私は折角何かを打ち明けようとしているリコットの話の腰を折ったのでは? 続きを聞かせてくれるかしらとハラハラして言葉を選んでいると、顔を上げたリコットは、小さな溜息を吐いてから、改めて教えてくれた。

「作る方だよ」

「……あっ、そういうことね」

 意味に気付いた瞬間、私はパッと別の方へと顔を向ける。リコットがさっき立っていた棚には、色々と工具が並んでいた。

「やったことは無いよ、知識も無い。本とかはちょっと、見てるけど、ただの興味」

 ふむふむ。分かってきた。諸々が繋がってきたぞ。

「その本、今度、私にも見せてくれる?」

「え、うん、いいけど」

「それでさ、私の知識と合わせて、リコの作りたいアクセサリー、どうやって作るか工程とか道具を一緒に考えよう。ちょっとずつ作ってみようよ」

 あまりにも乗り気な私にリコットはちょっとたじろいで、目を瞬き、やや困った顔になってしまう。

「えぇ、いや、うーん、それは嬉しいけど、あんまり大掛かりなのは」

「大丈夫、ちょっとずつだよ。あんまり心配しないでさ、やってみたいと思ったら全部やってみたらいいよ。またゆっくり相談しよ?」

「……うん」

 何から始めたらいいか分からないとか、いざ始めるにしても工具が必要で、そして工具もどうやって選んだらいいかも分からないし、買ったとしてもこの先も使うかも分からない――とかね、色々悩んじゃって足踏みしてるんだと思う。

 だから私は何も考えずにガンガン後押しする。途中で飽きちゃっても良いよ。必要が無くなったら別に工具くらいどっかに売ればいいだけだ。深く考えることではない。

「そんなことより私は、リコが新しいことに興味を持ったって方が、ずっと嬉しいよ」

 生き抜くこと以外に何も考えられなかっただろう彼女が、心にゆとりが出来て、外を向き始めた証でしょ。私がそう言って笑うと、リコットはちょっと照れ臭そうに視線を逸らしてから、「うん」と小さく言った。

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