第318話

 女の子達に色々言われちゃっていますが、まあ気を取り直しましょう。

「とにかく支柱は私が作るから。そもそも、金網を作るのもかなり時間が掛かるでしょ? その間にゆっくり作るよ」

 無理をしないということを強調する感じでそう伝えたら、何処か仕方なさそうにみんなが頷く。

「支柱の正確な図面も欲しいんだけど、どれくらいで引けそう?」

「もう一度ちゃんと考えたいので、二時間ほどあれば」

「いいね。で、その作業にヘイディは必須?」

「え?」

 急に水を向けられた彼女は何かメモを取っている最中だった。慌てて顔を上げている。邪魔をしたかな。ごめん。ヘイディは私を見た後、目を瞬いて、ルフィナに視線を向ける。

「ええと、一人で引けるよね、姉さん」

「勿論、大丈夫だけど」

 何故そんなことを聞くんだという顔をされて、私はニコッと笑った。いやあ、良いこと思い付いちゃってさ。

「ヘイディ、ちょっとだけ私達と一緒に、工務店に行こうよ」

「……ああ! その手があるね!」

 私の言葉を飲み込み、やや大きな声で応えたのはリコットだった。他はみんな「あっ」くらいの声が漏れただけ。

 そう。私の転移魔法で、代表者一名くらいなら街に連れて行ける。私の目だけで見ても彼女らが欲しい素材として合格かが分からないし、ちょっとの違いでいちいち相談に往復するのも大変だ。でもヘイディが直接見て選ぶものなら、ルフィナや他の人も納得できるのではないだろうか。

 私の提案を少し遅れて理解したルフィナが、やや興奮気味に頷き、ヘイディの肩をぐっと強く引いた。

「行ってきて、ヘイディ。自分達で選べれば、領主様を悩ませないで済むわ」

 そうなんだよねー。選ぶの大変そうだなって思ったから。そっちでやってくれたら楽だなぁってのも本音です。

 結局、話し合いの末でヘイディが街へと同行してくれることが決まった。

「アキラ、工務店に行くのは全員でなくても良いのよね?」

「そうだね、みんなはスラン村に残っていてもいいよ」

 今のは私の女の子達のことね。工務店に行って買い物したらヘイディを連れて帰ってくるわけだし、わざわざ一緒に移動する必要は無い。此処は安全なスラン村だ。私もみんなを置いていくことに憂いが無いので。女の子達は互いの意志を確認するように一瞬だけ目配せした。

「私は工務店にも付き添いたいから一緒に戻る」

 そう言ってリコットが手を上げた。この子って意外と工務店が好きなんだな。残りの三人は絶対、工務店には興味ないよね。そう思った通り、ちょっと悩んだ顔をした後で三人共、スラン村に残ると言った。でももしリコットが行くと言わなければ誰かが見張りに付いたんだろうな。信頼の無さよ。

「三人のことお願いして良いかな、モニカ」

「勿論でございます。此方こそ、ヘイディをよろしくお願い致します」

 じゃあ、早速行くか。ヘイディの準備が整ったところで、三人でジオレンの私達の宿へと転移した。

 初めて転移魔法を体験したヘイディは直後ちょっとよろけていたけど、真後ろに立っていたリコットが支えてくれた。私は、手を伸ばしかけたが、止めておいた。私が触るだけでナディアなら痴漢って言いそうだからなぁ……。

「アキラちゃん、待って、ヘイディさんに上着だけ貸そう」

「あ、そうだね」

 スラン村のみんなはお洒落をほとんどしないし、最低限の布で生活している。こんなことで街で目立ってしまっては可哀相だ。リコットがラフな上着を渡していた。ヘイディは申し訳なさそうにしているけど、急に連れてきたのは私なのでね。でも髪は綺麗に一纏めにしているし、服自体はしっかりした布で作ってある。上着だけあれば、他は特に目立った点も無いから問題ないはず。リコットと軽く目を合わせ、互いに「大丈夫だろう」という意味で頷き合った。

「行こうか」

 早速、宿を出る。この宿は受付に常に人が居るんだけど、一時間くらいで違う人と交替している為、誰が出て誰が入ったとかは記憶も記録もされていない。私達と一緒にヘイディが出て行っても、何にも変な顔はされなかった。

 街の中で、ヘイディは思っていた以上に冷静だった。

 久しぶりの街にもっと怖がるか、もしくは目を輝かせて喜ぶんじゃないかって思っていたんだけど。少し視線を彷徨わせることがあっても常にそれはさり気なく、事情を知る私達でなければ気付かないほどの動きで。ずっと堂々として、落ち着いていた。

「此処だよ。他にも工務店はあるんだけど、金属線の種類が一番豊富だったんだ。駄目なら別のところも行こう」

 説明しながら、昨日立ち寄った『二軒目』に入店する。店主とは昨日も喋ったので、私を見てすぐに分かった様子でニコッと笑ってくれた。

「やあ美人さん、いらっしゃい。連日だな、どうした?」

「友達が金属線を探してるって言うから、此処で沢山見たなぁって思って連れてきたんだ」

「おーそうか。お嬢さん、何か聞きたいことがあればいつでも言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 ヘイディは店主に柔らかく応えると、早速、金属線の棚の方へと向かっていく。リコットはそんな彼女にのんびりと付いて行った。私は、二人を追わずに立ち止まり、店主の方へと歩み寄る。

「おっちゃん、防獣フェンスの支柱になる金属を探してるんだけどさ、どんな素材が良いか分かる?」

 深く考えずにフェンスって単語を使ったけど、おっちゃんは普通に頷いていた。通じるらしい。

「支柱なら、角棒か?」

「もしくは丸棒。少し特殊な加工を入れたいんだけど、まだちょっと形状を相談中なんだ」

「ふむ」

 おじさんは首を捻りながら、紙の束を取り出してぺらぺらとページを捲り始めた。

 私の世界なら、防錆対策をした鉄だろうな。重たくてしっかりしているし、曲がりにくい。でもこっちの世界には私の知らない金属が沢山あるのでさっぱり分からない。もうね、本当にね、勘弁してほしい。野菜や植物の名前も悉く違うしさ。何もかも新しく覚えなきゃいけないんだよ。時々元の世界と同じ名前――スペルを見れば違う名前なんだけど変換が掛かって私には同じに聞こえる名前――が混ざって更にややこしい。

 湧き上がる不満を一つの溜息で押し込めたところで、おじさんが、支柱としてよく使われる素材を三つ教えてくれた。細かく違いも説明してくれる。優しい。そしてダントツで価格の高い素材が、支柱として理想のような性質を持っていた。

「やっぱりお金を出すと最強だね」

「ははは! そうだな、世の中ってのは大体、そんなもんだな」

 貴族様らが屋敷の庭で金属性の支柱を立てるなら、大体その金属を使っているんだって。なるほどねぇ、流石、貴族様。

「ありがとう、参考にするね。加工係とも相談してまた来るよ」

「ああ、ご贔屓に」

 ふと振り返ると、ヘイディはまだ金属線の場所に居て、リコットは……あれは何の棚だろう。全然違うところに居る。ヘイディの傍に付いているのが退屈になったのかもな。まずヘイディのところに行こうっと。

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