第311話_スラン村訪問

 心配そうな顔をしているナディアに気付くと、リコットがちょっとくすぐったそうに笑った。

「眠くて怠いってくらいで、他に不調は無いよ。でも午前は寝てようかな。お昼からスラン村だっけ?」

 私は買ってきたパンを頬張りながら頷く。今日はスラン村に行く予定だ。でも私達二人が外泊だから、午前に行くと慌ただしいし、お昼過ぎから行くことにして、みんなにも事前にそう伝えていた。

「私も行きたいから、急変しなければ行くね、置いて行かないでよ?」

 急変って。怖いこと言わないでよ。苦笑しつつも私は頷く。

「分かった。みんなは?」

 残り三人は、互いに顔を見合わせ、ちょっとだけまだ迷っている顔をしていた。

 でもまあ多少迷っても全員が来るんだけどね。さて行きますかって準備を始めたら結局みんな来るって言った。この人数の多さが信用の無さだってちゃんと分かってます……。

 さておき、お昼を取る頃にはリコットもすっかり元気になっていた。ひと安心だ。まあ、引き続き体調は横目で窺っておくけど、ステータスには問題ないので、大事は無いだろう。

 そしてスラン村には宿から直接、村の門前へと転移した。此処の人達にはもう色々と明かしてしまっているし、今更カムフラージュの必要も無いのでね。ただいつも門前に居るケイトラントの姿が無くって、私達の方がきょとんとしていた。

「……彼女は、居ないのね」

「おはようございます。ケイトさんなら、今は仮眠中です」

 ケイトラントの代わりに門番をしていたらしい女性ら二人は、最初こそびっくりして仰け反っていたけど、私達を確認すると、深呼吸を一つして、にこやかに挨拶してくれた。スラン村は心が強い。

 そういえばケイトラントは日暮れから明け方に掛けての門番だったね。普段通りならあと一、二時間で起きてくるんだって。じゃあ挨拶はその時で良いかな。

「モニカと、ルフィナと、ヘイディに用があるんだけど」

「すぐに呼んで参ります。宜しければあちらの方でお待ち下さい」

 そう言って指し示してくれたのは、門を入って右手の建物だ。みんなで食事をする為の場所らしい。テラス席のようになっていて、屋根だけがあって壁が無い。テーブル席が複数あり、奥には共同の炊事場。この村はそれぞれ個別には食事をしない。食糧が限られているから、全員で共有しながら食べているのだ。今は少し遅れて食べるケイトラントの昼食だけが残されているんだって。

 とにかく、門から一番近い『座れる場所』なので、そこに座って待つことに。みんなも適当に腰掛けた。

「領主様、お連れ様も、おはようございます!」

 最初にダッシュで来てくれたのは、ヘイディだった。今日も元気だね。

「おはよう。急に来てごめんね。屋敷建設と、魔道具についてちょっと話したくて来たんだ」

「承知いたしました。今、モニカさんの屋敷の準備をしています。申し訳ありませんが、少しだけお待ち下さい」

 準備とは、一体? と思って首を傾げると、ヘイディが苦笑いで説明してくれた。

 いつも話をする為に開放してくれるモニカの屋敷の大部屋が今、別件ですごく散らかってるんだと。そんなタイミングで私達が急に来てしまった為、招ける状態になるよう大至急、片付けているらしい。

「何か問題でもあったの?」

「いえいえ。獣避けの対策について話していて、私と姉が製図の為に散らかしてしまったんです……申し訳ない」

 この大工姉妹、片付けるのが苦手らしい。製図するとすぐ部屋を散らかしてしまって、二人の家も酷いありさまだし、とてもじゃないけど大きな製図が出来るスペースは無いということで、見兼ねたモニカが獣対策の為だけにとあの部屋を一時的に貸したら。まあ、さもありなん。

 うん、ゆっくりでいいよ。私が事前に連絡せずに来たのが悪かったね。

「ええと、先に私が少しお話を聞いても宜しいでしょうか」

「勿論」

 私が頷くと、テーブルを挟んで正面に、ヘイディが座った。

「まずね、私の屋敷だけ図面が出来てるから、見てもらいたくて。他二つはまだ途中」

 言いながら、完成している私の屋敷の図面を出す。ヘイディは少し身を乗り出して、まじまじと図面を見つめた。初めて書いたものだから、プロに見てもらうの、今更だけど恥ずかしいね。

「書きかけでも良いのですが、他の図面もありますか?」

「あるよー。これが四人の屋敷で、こっちが侍女用」

 屋敷建設に必要な図面は沢山あるし、私が出したのは一枚や二枚じゃなかった。でもぱらぱらっと全部に素早く目を通したヘイディは何か納得したように軽く頷く。見慣れているんだなって一瞬で分かる反応だ。

「侍女様のこの扉が、領主様の御屋敷と繋がる予定なのですね」

「うん。でも嫌だって言われたら、そこの扉はただの勝手口になるかも」

 私の言葉に頷きながら、ヘイディも何か紙を取り出してメモを取っていた。

 ……紙があるんだなと、ちょっと感心した。一般で出回るよりも歪な形だったから、村で作ったものなんだろう。この村、本当に色んな技術を持っていてすごいな。改めて、最初に口にしてしまった無礼な言葉を思い出して胸が痛い。しかし私がそんな気持ちで黙り込んでいることに気付く様子は無く、ヘイディは図面をじっくりと見つめている。

「完成度が高いですね。このまま建てられそうですよ」

「ホント? 良かった~、どきどきしたよ~」

 図面に対するヘイディやルフィナの評価が怖かったと素直に告げたら、ヘイディは可笑しそうに目尻を下げていた。

「それと、魔道具と仰っていたのは?」

 屋敷の図面について詳細を確認するのはルフィナも揃ってからということで一旦置いて。もう一つの用件に話題が移る。

「うん。便利そうな魔道具の図面を色々用意したんだけど。作る優先順位はやっぱり、みんなに決めてもらった方が良いと思ってさ」

 勝手に作って持ってくるのも考えたんだけどね。あれもこれも便利そうだなぁって書き出し始めたら、二十八個の魔道具の図面が出来上がっちゃったんだよね。流石にこれを全部一気に作るのは骨が折れるので、優先順位をみんなに決めてもらい、少しずつ順番に作ろうと思ったのだ。と話しながら、収納空間からそれらの図面を全部取り出した。その量に、私の女の子達までドン引きしていた。

「そりゃ普段ほとんど机から離れないわけだよ……」

 へへ。屋敷の製図とも並行して、こんなことをしていたからね。楽しかったわ。

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