第312話_魔道具の一覧

「あの、もしかして、領主様ご自身で製作されるんですか?」

 テーブルに置かれた大量の図面に呆然とした後で、ヘイディがそう聞いてきた。私はちょっと不思議な気持ちで頷く。

「そりゃね。魔術が入るから、私が作らないと」

「なるほど……」

 納得したみたいな返事をするのにヘイディは明らかに困惑の表情だった。しばらくその状態で固まった後で、躊躇いを残しながらもやっぱり我慢できなかったのか、何かを決心した様子で顔を上げる。

「一部だけでも、私共が請け負えないものでしょうか?」

 彼女が捻り出した言葉に、私は目を丸めてしまった。

「みんな働き者だねぇ」

 黙って待っていれば何もしないでも便利な魔道具が村に届くのに、どうして労働がしたいのか。だけど私以外のみんなはさも当然の意見という顔だった。

「アキラちゃんがやり過ぎなんだって。明らかに高価なものをぽんぽん無償で作られたら誰だって引くでしょ!」

「お~」

 怒られました。キョトーンとしたらみんなが呆れた顔をする。えぇ。この空気どうしようかなー。

「えっと、うーん、だってね、まだ試作なんだ。完成したら二つ目以降は自分達で作ってもらうつもりだよ、術のところ以外ね」

 それは本当に、そのつもりだった。例えば照明魔道具なんて一つや二つじゃ足りないだろう。だけど私が全部作るとなると大変だもん。って説明しても、ヘイディがまだ険しい顔をしています。

「……モニカ様のところで、改めてご相談させて下さい」

 これはあれだね、納得してくれたんじゃなくて、自分じゃ手に負えないって思われてモニカに役目を回したんだね。まあ後でまた考えましょう。私も問題を先送りして簡単に頷いた。

「説明前に、魔道具の一覧を渡すね」

 図面とは別に、魔道具の名前と、用途を簡単に箇条書きしている紙を出した。優先順位を決めるのにはこういう物があった方が便利だろうと思ったので。

 ヘイディと一緒にそれを見つめながら、上から順に魔道具二十八個の機能を軽く説明した。ヘイディや女の子達は用途を聞く度に目を丸めて「そのようなものが」「めちゃくちゃ便利じゃん」「エルフってすごいのね」「え~、これ私も欲しい」と口々に感動していて、ラターシャが反応に困っていた。

「ありがとうございます。此方、少しお預かりしても宜しいでしょうか? 書き写しましたらお返し致しますので」

「いや、転写したやつがあるからそれはあげるよ」

 一覧をもう一枚出したら、またヘイディはびっくりしていた。でも色々と動揺を飲み込み、「ありがとうございます」と改めて頭を下げ、丁寧にそれを丸める。

「この一覧だけ、先にモニカ様にお届けして概要をお伝えしてきます。後程、更にご説明をお願いすると思いますが」

「私もそのつもりだよ。だから予備知識としてサラッと見てもらうだけでいいからね」

「はい」

 ヘイディはすぐに戻ると言って、またダッシュで立ち去る。元気だなぁ。

 彼女の足音を聞きながら私はとりあえずテーブルの上に広げていた図面を一旦、自分の収納空間へと片付けた。こっちが屋敷の図面で、こっちが魔道具ね。ちゃんと区別して入れないと、収納空間から出す時にもごっちゃになっちゃうからね。

「……騒がしいと思ったら、お前らか」

「あ、ケイトラント。おはよ~」

「おはよう」

 少し静かになった食堂に入り込む低めの声。ちょっと眠そうなケイトラントが欠伸しながらやってきた。今起きたんだね。

「ごめんね、起こしちゃったかな?」

「いいや。呑気に寝てたよ」

 苦笑いしながらケイトラントが言う。起きてすぐには気付かず、家から出てから、何だか村が騒がしいなと思ったそうだ。でも村には恐怖も緊張感も無かったから、首を傾けながらもあまり警戒心を抱かなかった。そしていつも通りに食事の為に此処へ来て、諸々を察したらしい。

 そう語りながらのんびり歩いてきたケイトラントは、私の正面、さっきまでヘイディが座っていた場所に腰掛けた。

「最近のお前には殺気が無いからな、来ても分からん」

「あはは。嫌だなぁ、あるわけないじゃん~」

 何を言ってるんだか~と言うつもりでひらひらと手を振って笑えば、ケイトラントがじとりと目を細めて私を見つめる。

「……最初の訪問時のこいつをお嬢さんらに見せてやりたいよ」

「殴られちゃうね~」

 やだ~思い出してきた。出会った時にしたケイトラントとのやり取り、自分でも「ラターシャに話したら絶対に怒られる」って思ったんだよね。やべ。視界の端に居るナディアが眉を寄せたのが見えた。やっべ。

「最初、何かしましたか」

「ひぇ」

 もう逃げられないかも。女の子達に、この村を発見した際の細かい出来事は話していない。竜種に襲撃されている隠れ里があったこと、周囲の竜種を始末した後は結界を張って安全な状態にしたこと。そして城から隠れていた人達だった為に最初はすごく警戒されたんだってことだけ、簡単に説明していた。

 それよりもこのヴァンシュ山を領地にした話の方が、女の子達にとって衝撃が強かったんだと思う。隠れ里を訪れた際の詳細を追及されることは無く、ナディアには「また人助け?」と言われていた。きっと城から隠してやるつもりと感じた為だ。

 私の暴れっぷりを知っていれば「人助け」なんて言葉は出なかっただろうね。そもそも何で黙っていたかって、さっき思い出した通り、怒られる気がするやり取りだったからです。ううっ、秘密にするつもりだったのに……。

「この村――あの時は『村』ですらなかったが。隠れているからな。『城から』派遣された魔術師なんてものは天敵でしかない。私はアキラをそのまま帰すことは出来ないと、槍を向けた」

 ああ。ケイトラント、経緯を語ろうとしている。私はピッと背筋を伸ばして固まった。多分その反応で、みんなも大体察したと思う。槍を向けられた私を心配する顔も一切無い。そもそも、以前にもケイトラントを束縛魔法で地面に縫い付けるなど、みんなと一緒に来た時にも暴れていた私だ。一人で来ていた時なんて更に抑止が無いわけなので。

「だがこいつに、降伏しないと、集落を丸ごと消し飛ばすと言われてな?」

 ケイトラントは当時を思い返すように、門の方、そして消し飛ばされると思った周囲にぐるりと目をやる。早速、ラターシャが長い溜息を吐いた。

 最終的に私は、この村の何も消し飛ばしはしなかったけど。

 偶々タイミングよく降りてきてくれた竜種を三匹まとめて灰にして見せることで、ケイトラントに実力差を見てもらった。ケイトラントも、「守り抜けないと思った」と素直に口にしていた。そうして彼女が降伏し、私はそれを認めて攻撃するのを止めた。

 一連の説明を聞き終えて、ラターシャだけじゃなくて女の子達が全員、溜息と共に項垂れた。

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