第306話

 翌日。お昼前くらいに宿を出発して工務店を探した。

 というか、まず市場に立ち寄って日用雑貨屋のブレンダに聞いた。そしたら三軒を教えてもらえたので、その店を回る。一軒目で欲しいものは揃ったし全部を回る必要は無かったんだけど。他の店の品揃えも見たいなって思って一応行くと、結局色々と欲しくなっちゃってどの店でも何かしら買うことに。無駄遣いではないです。必要なものに気付いただけ。

 一軒目の後は近くの店で全員揃ってランチを取った。でも三軒目まで私の買い物に付き合ってくれたのはリコットだけ。

 ルーイとラターシャは早い段階でお菓子屋さんに興味を示して二人で見に行ってしまい、ナディアは二軒目の後に通り掛かった奇妙な雑貨屋で立ち止まった。しばらくリコットが傍に付いていたみたいだけど、「置物が悉く怖かったからもう無理」と言って私の方へ。ナディアは、まあ、一人でも大丈夫かな。怪しい店なら中までは入らないだろうし、大きな通りに面しているので問題ないだろう。何かあれば守護石もあるし。

「リコの興味を惹くものはあった?」

 三軒目では、私が工務店で店主と話し込んだり、店内を物色したりしている間。リコットも自由に店内を歩き回っていた。遠目に見る限り冷やかしていると言うよりは、熱心に見ていたように思う。

「ん、まあまあ」

 この回答に『嘘』と出たのは、微妙なとこだな。「全く無かった」のが本音か、それとも「めちゃくちゃあった」のが本音か。まあ、いいか。問い質すほどのことじゃない。

「ねー、アキラちゃん」

「なぁに」

 二人で歩きながら、何処かの怪しい店で別れてしまったナディアを目で探す。それでも、私を呼んだリコットへ生返事じゃなくちゃんと応答したつもりだったのに、数拍置いても続きが無くて。隣を歩くリコットを窺うように視線を落とした。彼女もナディアを探しているのか、視線は遠くに向けていた。

「リコ?」

「ううん、何でもない」

「……そう?」

 また『嘘』と出る。うーん。気になるけど、聞かない方がいいやつかな。リコットは私にタグが見えているのを分かっていてこう告げてくるのだから、タグを利用した柔らかな拒絶の意志だと思った。少し迷って黙る。その時、ナディアが此方に向かって歩いてくるのが見えた。私はもう質問の機会を失ったらしい。

「二人共。もういいの?」

 私達を見付けたナディアが、そう問い掛けてくる。それは私達の台詞でもあるよ、と思って笑いながら頷いた。

「うん、もう買い物は終わり。ナディは?」

「私も気が済んだから。ああ、平気よ、置き物とかは買ってないわ。本を何冊か」

「本もあったんだ」

 奇妙な店に置いてあった本は、きっと奇妙な内容だろうな。ナディアが一人になってまで買いたがったんだから、絶対そうだ。苦笑いをしているリコットも同じ思考なのか、その本について詳しく触れようとする様子は無かった。

 そこからはナディアと三人で歩き、宿へと向かっていた。ルーイとラターシャと別れたのは随分前だし、流石に見付けて合流するのは無理だと思ったのだ。だけど帰り道、カフェのテラス席で楽しそうにケーキを食べている二人の姿をリコットが見付ける。彼女らもすぐ私達に気付いて、手を振ってくれた。

「おかえり~」

「此処に居たらきっと見付けるだろうなって思ったの」

 なるほど。それで此処に居たんだね。うちの子達は賢いね。結局みんなでそのままテラス席に座らせてもらい、休憩。その後は五人一緒に宿へ戻った。

 そして夜になると、私とリコットだけは外出するが――。その前に。ナディアには三人の為にお風呂の用意をしてもらった。私の魔法札で。めでたく正常に機能して、浴槽に溜めた水がいい温度のお湯に変わった。全員が立ち会いの状態で行い、全員で拍手をしたのはちょっと異様な光景だったと後から思う。

「お店、決めてるの?」

 宿から出るとすぐに、リコットは腕を絡めて身を寄せてくる。可愛いねぇ。もうこのまま別の宿に連れて行って抱きたいねぇ。でもきらきらの目で私を見上げる子に、そんな仕打ちなど出来るはずもない。一緒に飲みに行くのは初めてだもんね。この時間も大切にしなきゃね。

「うん、良さそうなお店があったから。下品な客もあんまり居ないと思うよ」

「ふふ」

 騒ぎを起こしてしまった件はもうみんなに言い触らされてしまったので開き直る。つまり今日のお店は高めのところです。

「私の時はあんまり気を遣わなくてもいいと思うけどね。こうしてれば」

 そう言うと、リコットはまた少し深く腕を絡めた。ああ、なるほど。この子が私と歩く時にやたらと密着するのはそういう意図なのね。要するに、傍から見て私達が『恋人』に見えるように振る舞っているのだ。『女が二人で歩いている』よりも、『女のカップルが歩いている』の方が、男から絡まれにくい。少なくとも同性愛に寛容な文化を持つこの国ではそうなのだろう。

 ただしナディアと私は明らかに種族が違う為、その手段が取れない。誰がどう疑って見ても友人関係に見えてしまう為、すぐに絡まれる。そういう意味で『私の時は』とリコットは言うんだね。だけど私は、緩く首を横に振った。

「リコが可愛いから、万が一ってこともある。考えてみれば私がトイレに立つこともあるんだし」

「過保護だねぇ」

「君らが可愛すぎるだけだって」

 私の言葉にリコットはやや呆れたような目を向けていた。でも本当にこの子ら目立つくらいに綺麗なので、過ぎた警戒心ではないんだよ。心外である。

 そんなことを話している間に目当ての店に到着し、最初に銀貨四枚を渡してから入店した。このシステムが気に入っている。一人につき銀貨二枚という『入店料』があるから、無用な出入りがまず此処で排除されるのだ。

「好きなものを頼んでね」

 テーブルに着くと、先にリコットへとメニュー表を手渡す。私は沢山頼む分、決めるまでが長いのでね。受け取った彼女は私に礼を伝えるように真っ直ぐ顔を向けて微笑んでから、メニュー表を開いた。こういう時、こんな一瞬の視線の動きで人の印象は変わる。娼館で覚えてしまったのか天性のものかはさておき。少なくとも無意識ではなく、リコットは理解の上でやっているのだと思った。

 私は私で、承知の上で彼女を愛らしいと思ってしまうのだから、我ながら簡単で単純だね。

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