第305話

「ナディ、もう安定して解けそう?」

「そうね、多分。コツが掴めた気がするから」

 あっさりと答えてくれることに、やっぱり感心してしまう。リコットがまだ不安定なのもあるけど、普段は慎重な物言いの多いナディアがこうして断言するということは、相当、自信があるんだと思うから。

「じゃあ明日のお風呂の準備は、出来たら魔法札を使ってみてほしいな」

 私の言葉にナディアは軽く頷くと、また一枚取り出してスルスルッと解いてしまった。これはすごいな。気負わずに安定している。もう何のアドバイスも要らないや。それを見ていたリコットは「ぬう」と唸って三枚目に挑戦していた。可愛い。でも直後に失敗して、ナディアに濃度の調整について教えを乞うていた。やっぱり可愛い。

「ルーイはどう?」

「ちょっと進んだ! でもやっぱり、進むほど広がっちゃってる」

「そっかぁ」

 濃度が足りない問題は、やっぱりもうちょっと鍛錬かなぁ。流石にナディアほど慣れるには、ナディアくらいずっと濃度調整の練習をする必要があるからな。

「ラタは?」

「私も少し先に進めたよ。途中ちょっと慌てちゃうのも分かった」

「あはは。自覚できたなら半分は解決してるよ」

 ラターシャも三分の二辺りまでは進めたようだ。ルーイの方は更に進んで四分の三くらい来たね。どちらも『濃度』を意識しただけで少し進めるようになったと言うから、方向性としては間違っていないと思う。

 しかし、濃度かぁ。ナディアには『全身で練る』くらいしか教えてないんだよね。

 自分の場合は力尽くでフンッ! って押し込めて濃度を上げているし、どうやってるのって聞かれても「勢い!」や、「パワー!」としか答えられない。ナディアには昨夜、勢いよく瞬間的に濃度を高める方法を教えたが、それは瞬間的なものであって今回には適さないのだ。やっぱり、これは私じゃなくてナディアが教えた方が良い気がしてきた。

 視線を向けたら、リコットに説明中だったらしいナディアが言葉を止めて首を傾ける。

「なに?」

「二人にも、魔力濃度の高め方、コツがあったら教えてあげてほしいな。私は力技くらいしか知らないから」

 そう言うと、ナディアは少し困った顔で首を傾けた。

「今リコットにも説明していたけれど、ただ集中してイメージするだけなのよ。コツと言えるかは……」

 全身で魔力を練る時に、少しずつ魔力を集めていく。その時ナディアは、大きさが決まっている器の中に二倍、三倍の魔力を押し込んでいくイメージで、濃度を高めているらしい。じわじわ圧縮しているって感じかな。

「あとは……アキラも以前に言っていたけれど。魔力回路ってそれだけで複雑なのでしょう? ただぐるぐると意識的に体内を往復させるだけでも、勝手に濃度が高まっていく気がしているわ」

「確かにそれはあるね。私も高位の魔法を扱う時は、お腹の辺りでぐるぐる~ってさせるし」

 話を聞いたみんなは一度、札を置いて『練る』方の練習をした。そして、その後で札を持ってリベンジしてみると。

「わあ!」

「あはは!」

 濃度がさっきより高まっただけで、勢いよく伸び過ぎて失敗していた。だけど失敗にも拘らず全員が楽しそうに笑っている。

「さっきのナディアの苦労が分かったね」

「ふふ。びゅーんって伸びちゃった」

 失敗しても楽しいってのは良いことだ。可愛いみんなの反応についニコニコしちゃう。

「これが『魔力を練って濃度を高める』ってことなんだねー」

 リコットが何処か感心した様子で頷いた。彼女は属性魔法のレベル1と2、どちらも扱えているけれど。まだあまり濃度を必要とする段階ではなかった。だからこの感覚は今初めて覚えているのだろう。魔力を練るには、『生成する』目的と、『濃度を高める』目的の二通りがある。リコットが元より長けているのは前者だね。勿論、リコットも初心者にしては濃度が自然と調整できている方だけど。

「今回は全身でしっかり練り込むほどの濃度は要らないから、肘から先とか、肩から先くらいの範囲で練るのはどう?」

「おー、やってみよ」

 もう魔力を練るのに慣れているナディアは、今回、手首から先だけでやっているらしい。そのように練度によっても濃度は変わるから、範囲は自分に合わせて決めたらいいって伝えていた。

 おや? ナディアの方が教えるの上手かも。目線が一緒だから余計に分かりやすいな。練り方を少し変えるだけで線の動きが変わるのが楽しいらしくて、みんな試す度にキャッキャと笑う。私は邪魔しないようにコーヒーでも飲むか。テーブルから離れ、小さい台所で淹れたコーヒーを持って机に移動した。

 図面を広げながら、そろそろスラン村に行っても良いかもな、と考える。

 魔道具も多く図面が出来ているし、どれから欲しいか聞いてみよう。それに私の屋敷の図面は出来ているから渡してしまってもいい。四人の屋敷とカンナの屋敷はそれぞれの意見を反映してから確定させたいので、もうちょっと後回し。

 ただ、まだこの街で工務店を探していない。スラン村を訪れる前に、魔道具製作に必要な材料の見当も付けるべきだろう。

「みんなー」

 熱心に札を見つめていた女の子達が、私の声に応じて振り返ってくれるのが可愛くて嬉しい。

「明日、私は工務店を探しに街を歩くけど、みんなはどうする?」

 しばらくじっと私の顔を見た後で、それぞれが軽く顔を見合わせる。少しして、最初に答えを返してくれたのはリコットだった。

「私は一緒に付いていって、気になるものがあったらそこで別行動にしようかな」

 彼女の言葉に、「じゃあ私も」と残り三名も頷く。つまりは全員でお出掛けですね。

「夜は」

 そこで言葉を止めてリコットを見つめる。彼女の目が瞬きの時に違う色で光った気がした。

「リコ、飲みに行こ。外泊付きで」

 またリコットが一つ瞬きをして、目尻を下げる。「うん」と答える声が甘くて、じわりと幸せな気持ちが身体に広がった。

「……今度は騒ぎを起こさないのよ」

「あ、は、はーい」

 しかし即座にナディアの声が入って私は背筋を伸ばす。き、気を付けまーす……。

「騒ぎ?」

 無垢に尋ねるラターシャに、ナディアが躊躇うことなく全て暴露していた。恥ずかしい。居た堪れない。

「と、ところで、明後日くらいに一度スラン村にも行こうと思ってるんだけど、みんなも来る?」

 慌てて話題を変えたら、ナディアが「また急ね」と言う。うう、何を言っても怒られる。自業自得なんだけど。

 まずは私の屋敷だけ図面が出来ているので渡したいってことと、魔道具製作の優先順位を聞く為だと簡単に説明する。みんなに確認してもらっている屋敷の方はまだだから、みんなが来るのは必須ではない。そう説明したものの。

「でもなあ、アキラちゃんから目を離すのって不安だし」

「それなんだよね」

「特にスラン村、何度も迷惑を掛けているのよね」

「うーん」

 悲しい会議が始まってしまった。私は身体を縮めるようにしながら、机に向かうことにした。まあ、行く前までに決めて下さいね……。

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