第304話

 でもまあ困ってる様子を可愛いって伝えたら怒られそうだから、飲み込みます。

「まずは、どの辺りまで進んでいるの?」

「私も、躓く場所はバラバラ。一番進んだ時で、此処まで」

 位置的にはラターシャとそんなに変わらないけどね。ちょっと手前なだけだし、そんなに遅れを気にするところじゃないと思うけど……。

「そんなに遅れてないと思ったでしょう」

「え、うん」

 図星を指されて目を瞬く。ナディアは長い溜息を吐いてから、札を持ち直した。

「……見てもらえば、分かると思うわ」

「えぇ?」

 どういうことだろう。私以外の全員も首を傾けたが。彼女が魔力を籠めた数秒後に全てを理解した。

「ぶふっ!」

「ちょ、こら、リコット」

 すぐに噴き出して笑ってしまったリコットを、ラターシャが全力で窘める。ナディアは眉をきゅっと寄せはしたが、この反応は予想通りだったのか、怒ったり傷付いたりした顔にはならなかった。

「こっ、ふふ、これは、なるほど」

 私も堪らずちょっと笑ってしまった。そしたらナディアが一気に不快そうに顔を顰める。どうしてよ。リコットが笑った時は怒らなかったじゃん。

 ナディアの魔力の動きは、めちゃくちゃ独特でやんちゃだった。

 最初はゆっくり、じっくり、遅すぎるくらいのペースで進むんだけど、何処かのタイミングで制御を失って弾け飛ぶように真っ直ぐぶち抜いてしまうのだ。元気過ぎる。

 序盤でゆっくり進めるのはそれを抑えようとしているらしい。でも別のことを並行してやろうと思ったら、例えば曲がろうとする時とかに、制御が外れてぶっ飛んでいくんだと。初めての時なんて魔力を籠めようとした時点から真っ直線にぶち抜いてしまったんだそう。

「笑ってごめん。でもこれ全然、遅れてないよ、ナディ。むしろ改善したらラタとルーイより進むかも」

「え?」

 私の言葉にナディアは目を瞬いた。だけど本当のことだ。動きの勢いが良すぎてつい笑ってしまうだけであって、彼女の問題は何も変なものではないし、そして他の二人より課題がはっきりしていた。

「魔力がんだよ」

 ナディアは火属性に適性がある。火属性は他の属性と比べ、レベル1の時点から高い魔力濃度を必要とした。しかしこの札に線を引くのにそこまでの濃度は必要にならない。

 これは私がちゃんと気付いて最初から注意してあげなきゃいけなかった。ナディアは火属性しか持っていないし、他の属性との感覚の違いなんて分かるわけがなかったのだ。『魔法を使う時はとにかく濃度を高く』って意識が初めからあるせいで、札も同じように高い濃度で触ってしまっているだけ。

「ちょっと力を抜けばいいようなものだから、これから濃度を高めなきゃいけないラタとルーイの方がしんどいと思うよ。むしろその難しさは、ナディの方が良く知ってると思う」

 今までずっと『濃度が足りない』という部分で魔法は苦労しているだろうからね。

「どれくらい、とか、分かるかしら」

「うーん、十分の一?」

「そんなに?」

 またリコットがぶふっと笑った。ラターシャがおろおろしている。可愛くて私も思わず笑ってしまいそうになるんだけど、ナディアに何度も睨まれたくないので。咳払いで誤魔化しておいた。

「とりあえずだよ。ゆっくり調整してみて。でも多分ね、半分程度じゃ全然足りない。まだぶっ飛ぶと思う」

「……分かったわ」

 よし。これでとりあえず全員の状況を確認できたかな。私はその場から立ち上がる。みんながきょとんとした。

「そんな感じで、ちょっとやってみて。私はお風呂入ってくる」

「見ないんかーい!」

 リコットが即座にツッコミを入れてくれて笑う。確かに傍に付いて見ているのも良いとは思うんだけどさ。

「お風呂から上がったらまた見るよ。アドバイスを咀嚼したり、自分だけで集中したりする時間も必要かなって」

 私が見ているせいで変に焦るのも良くないからさ。改めて丁寧にそう説明したら、リコットは「ふーん」と口を尖らせた。可愛いな。

「すぐ出てくるから」

 一応付け足しておくと、ラターシャが「ゆっくりで良いよ、ありがとう」と言ってくれる。優しい。撫でよう撫でよう。

 さて、じゃあ私はお風呂へ。長く放置しちゃったので温め直しも必要です。ラターシャがゆっくりで良いって言ってくれたからあんまり慌てずに三十分くらいで上がる。髪も乾かして、ちゃんと服も着て。少しでも着崩していたらナディアが嫌な顔をするし、ラターシャなんてびっくりするくらい怒るんだよね。部屋にはみんなしか居ないのにね。

「うえ~い。上がったよー、みんなどう?」

 テンション高く登場してみたところ、変な顔でみんなが私を見上げた。苦笑いするとか呆れた顔をするとかを想像していた私、そこまで呆然とされるとは思っておりませんでした。逆に私も戸惑ってしまったが、その表情はどうやら私のせいではないらしい。

「ナディ姉が解いたんだけど……」

「えっ、早い」

 私が出てくる直前に解いたみたい。それでみんな呆然としていたんだね。私も驚いた。そんなにすぐ解けるとは。見ればナディアの手には報酬の銀貨が一枚乗っている。おおー。拍手しておいた。

「しかも私より安定してた。なぜ?」

「あはは、そっかそっか」

 ナディアはリコットみたいに緩急の苦労が無かったみたい。でも解く時、ちゃんと緩急が付いていたんだって。

「濃度を調整して、思い付いたんだね」

「ええ」

 みんなが首を傾けるから、私は改めて説明する。ナディアは丁度いい濃度を探す為に、何度も色んな濃度を試したんだと思う。その時に、濃度を調整進めば緩急が付けられることに気付いたんだ。

 リコットに教えた『溜める』と手順はほぼ一緒。濃度7で進んでるところで、途中で10にするには少し『留めて』濃くする動作に変わる。進むにつれて少しずつ薄めて、また濃度を高くする為に留めて、という緩急の付け方だ。リコットは溜めるだけで濃度を変えていなかったんだと思うし、その方が手順が少なくてシンプルなはず。ただナディアにとっては濃度調整込みで緩急を付ける方が、慣れていて簡単なんだろうね。

 私の説明にみんな納得しつつも改めてナディアの技術に感心していた。ほらね。ちっとも遅れてなかったでしょ。此処まで早く解決するとは、私も思っていなかったけど。もう一回拍手しましょう。

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