第303話

「それでもルーイは此処まで出来たんだね。頑張ったねぇ」

 褒めながらよしよしと頭を撫でる。ルーイはちょっと複雑そうだけど、嫌な顔はしていない。むしろ嫌な顔なら、正面に座ってるナディアがしてる。気安くルーイを撫でるなと……? 嫌ですが……?

「ナディアどうしたの?」

 表情に気付いたラターシャが尋ねる。え、私の悪口を明らかにされたくはないので、掘り下げられるのは困ります。

「……いえ、私、ルーイほど進んでいないから……」

 ああ、そっちね。お姉ちゃん頑張っているつもりだったのに置いて行かれててショックだったのね。私に対する不快感ではなかったらしい。良かった。

「ナディは半分くらいって言ってたっけ?」

「ええ」

「そうなんだ。じゃあ私も同じくらいだよ。一緒だね」

 ラターシャがそう言いながら眉を下げて笑うと、ナディアは気を遣わせたと思ったのか、軽くラターシャの肩を撫でていた。さておき順番的には次、ラターシャなので。そのままラターシャの進捗を聞きましょう。

「ラタは今どの辺り?」

「失敗する箇所がまちまちで、何処って言われると」

 困った顔で、とりあえず一番進んだ場所を教えてくれる。うん、確かに半分を少し超えた辺りだね。

「どういう失敗が一番多い?」

「……わかんない」

「あはは、そっか。じゃあ一回やってみて」

 私の言葉に頷くと、ラターシャは早速やって見せてくれたけれど。今回は半分にも到達しなかった。カーブを曲がろうとしたところで上手く曲がれずにしばらく詰まって、そのまま魔力が溜まって溢れてしまい、繋がってもいない別の線へと飛び火する。うーん、なるほどね。

「ラタはあれだね、私と一緒で細かいこと苦手な方だね」

「うぅ」

 課題がどうと言うより、『そもそも』の話になってしまうけどね。自覚があったらしくて、目をきゅっと瞑って唸っていた。可愛い顔。

「それに少し、慌ててるかな?」

「あー、そうかも」

「ふふ。ラターシャってよく、『急ぎすぎ』って指摘されてる感じ」

「……そうだね、これ性格なのかも。気を付ける」

 確かに。弓や、風生成でも似た指摘をしていたね。リコットが気付いて指摘するのを、ラターシャは素直に受け止めていた。良い子だなぁ。せっかちなのとは多分少し違って、早く成長したいって気持ちが前のめりなんだと思う。さて。ルーイとラターシャの問題をどう解決しようかな。

「うーん、二人共、もう少し濃度を高められるかな?」

「濃度?」

「うん。札に込める魔力濃度を高くする意識を持つと、少し改善しそう」

 とりあえず、それを意識した再試行は後でやってもらうとして、残り二人も先に相談だけ聞いてしまうね。ルーイとラターシャにそう断りを入れて、リコットの方を見る。

「リコはどうする?」

「私はさっきのでいいや。っていうか私のやり方、みんなを混乱させそう」

「あー、うーん、そうかもね」

 苦笑いで頷く。確かに、リコットは少し先に進んでいる。意識するべき点を増やしてしまったら、今の課題も越えられなくなってしまうかもしれない、と思うのは一理あると思った。

「え~。やってみてほしかったのに」

 だけどルーイがそう言うと、リコットは渋い顔をする。ルーイには応えたいけど、でも本音ではあんまり見せたくないんだろう。葛藤している。しばらく見守っていると、結局、渋い顔のままで札を取り出した。やってあげるらしい。妹に甘いお姉ちゃんである。

 前半から後半にかけて、みんなが詰まっているところを物ともせずにスルスル進む様子に、ルーイとラターシャは息を呑んでいる。ナディアだけは無表情だったものの、目がいつもより丸いし、じっと見ているので、多分びっくりはしている。

「ぐ、ぐん、ぐーぬ……」

 なんかさっきと掛け声が違うが。後半、緩急を付けた動きになると、またみんなが「わあ」と声を上げた。

「ぐおーん! 解けたぁ~!」

「すごい!」

「銀貨ようやく二枚ゲット……」

 攻略を終えたリコットはぐったりとテーブルに突っ伏す。いや、そういえばあなた一枚目その辺に投げてなかった? ちゃんと拾ったの? 聞いたら「ひろった」って小さい声が返った。いつだよ。全然知らなかった。ちゃっかりしてる。

「さっきリコが言った『混乱させる』って部分は最後の、緩急を付けて進むところだね。あのやり方は、もうちょっと安定して進むようになってから試さないとダメだと思う」

「うーん、リコットくらい安定しないといけないの?」

 ラターシャの問いに答えたのは私じゃなくって、身体を起こして頬杖を付いたリコットだった。

「私くらい安定してても難しい。気を抜いたら全部が飛ぶ」

「えぇ……」

「アキラちゃんが腹立つくらい簡単にやるから腹立つ」

 えぇ……。思わぬ流れ弾に泣きそうですが。

「本っ当に器用だよ。多分、魔力が無尽蔵なのとは別で、魔力操作の器用さって天性のセンスなんだろーね」

 なんか褒められたー。でも言い方がとげとげしい。悔しいってこと? それはそれで可愛いね。ぎゅってしたい。したら怒られそうなのでしないけど。

「アキラも、やって見せてくれる? 見ると嫌な気持ちになりそうだけど」

「緩急を付けるやつ?」

 嫌な気持ちにさせるならやりたくないんですが?

 そう思いつつも、みんなが頷いて此方をじっと見つめるので拒めない。仕方ない、やりましょう。

「ぐーん、ぐん、ぐーーん」

 部屋がしん……と静まり返った。めちゃくちゃ黙るじゃん。誰も「きゃーすごい」とか言ってくれない。一斉に眉を顰めている。つらい。

「ま、まあ。私のことはともかく。次はナディだよ、どんな感じかな?」

 悲しい気持ちになりそうだったので慌てて話題を軌道修正。すると水を向けられたナディアは更に険しい表情になってしまった。

「どうしたの」

「多分、私が一番、その……」

「ダメかもって?」

 いつになく気弱な顔で、小さく頷いてる。可愛いんだけど。全くもう。どうしてくれよう。

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