第301話
口を尖らせて大いに拗ねているリコットを見ながら、どう言えば伝わるかなーと、私は首を傾ける。
「この間、時計を動かしてたよね」
「ん、ナディ姉に見せたやつ?」
「そう」
私が話し掛けるのに応じて視線をくれるリコットの顔はまだちょっと不満そうな色が残っていて、幼くて可愛い。無駄に頬に口付けておいた。早く続きを言えってか? すみません。
「置く時にリコはほとんど音を立てなかった。あれはどうやってた?」
「えー、あれは、ブレーキを掛ける為に直前で下側の魔力をぐる~ってして、浮かせて」
「そうそう」
言葉を止めたリコットが、数秒間、静止していた。考えてるみたい。可愛い。チクタク。チクタク。
「……魔力供給を止めるんじゃなくて、そこに、溜める感じで止めるの?」
「正解」
笑顔で頷くと、何度か目を瞬いた後、リコットは改めて札を持ち直した。もう一回やるんだね。
「ぐーん、ぐん、ぐぅ……ぐーん、ぐ……んんぐ……」
なんか私とは違う声がちょっと入ってるし動きはぎこちないが、流石リコット。早くも私が言ったことが出来ている。そもそも、こうして声を出しながらでも出来る時点で、この子は他の子らとは一線を画しているんだよね。三人は見たことも無いような険しい顔で札を睨んで、息止めてるもん。ふふ。思い出したら可愛くて笑えてきた。
私が思い出し笑いを堪えながら見守っていたら、リコットはその緩急付け戦法で問題箇所を無事に乗り越え、最後の線を走り抜ける。
「解けたぁー! アキラちゃんの馬鹿ー!!」
「ぐえっ、なんで!?」
また首に圧迫感。喜びのあまり抱き付いてきたのかと思ったら叫びは悪口だった。しかも戦利品の銀貨が軽快な音を立てながら何処かへ飛んでいったみたいですが。
「リコ~? リコットさーん」
背中を撫でても抱き締めても。何度呼んでも応答なし。足をぶらぶら揺らしながら、私の上でちょっと揺れている。怒っているのやらご機嫌なのやら。リコットは難しいねぇ。
細くて綺麗なリコットの腰を抱いてる私はすぐに邪な気持ちを抱くので、また手を突っ込んで腰を撫でる。一瞬、耳元で可愛い声が漏れた。
「すけべ」
「へへ」
「なんで喜ぶのかな……」
呆れた顔だったけど、ようやくリコットが顔を見せてくれた。
「キスしよ、リコ」
ちっとも空気を読まない私の発言に、一瞬だけナディアにそっくりな呆れた目をしたものの、何も言わないで唇を落としてくれる。服の中に突っ込んでいない方の手を項に当て、ぐっと引き寄せた。
「さっきの」
「うん?」
どれくらい口付けしていたか分からないけど。気が済んだ私が腕の力を緩めたら、ゆっくり唇を離したリコットが呟く。まだ鼻先が触れ合うくらいの距離。
「もうちょっと、練習してみる」
「うん。今日の夜に聞く時は――、あ」
言葉途中で私が一時停止すると、リコットは目を丸めて首を傾げた。直後、鍵の解錠音がしてガチャンと扉が開く。誰か帰ってきた。私がいち早く気付けたのは音じゃなくって、魔力感知に引っ掛かったから。誰かは分からない。リコットにしっかり抱き付かれていて、振り返れないのだ。振り払う気にもならないし。でもまぁ声を聞けば分かるから良いよねと思ってそのまま待っていたら。再びガチャンと扉が閉じた音がした。
「え!? ちょ、ナディ姉!」
「おわ」
リコットが私の上から飛び降りて駆けて行く。ナディアか。私らがイチャついてるのを見て、出て行っちゃったみたい。
「ふふ。全く、敵わないよねぇ」
仲良し姉妹の絆の前では無力ですよ私なんて。椅子ごと私を倒そうという勢いで飛び出して行ったもんなー。
「ナディ姉、待って、何で出てくの?」
「邪魔をしたかしらと思って」
「そんなわけないでしょ」
部屋の前で何やら話し込んでいる。可愛い。リコットは扉を開けっ放しで出て行った為、二人の声が良く聞こえた。私はとりあえず再び机に向かって、製図の続きをしようと紙を並べる。
「……リコット、これは?」
「あ、うわ。いや、違うこれはちょっと、その」
「リコット」
「は、はい……」
あれ。可愛い姉妹の会話が急になんか不穏になったな。
「人が来る前に部屋に入りましょうか?」
「はい」
何の話だろう。そう思った瞬間、部屋に入り込んできた気配はすごいスピードで真っ直ぐに此方へと近付いてきて。勢いをそのままに、私の後頭部をグーで殴り付けた。
「いったぁ!? な、なに」
「リコットの服が乱れているのだけど?」
「あ、あー、はい。私がやりまし――ったい!!」
もう一発貰った。そうだね、そうだ。最後にキスしてた時にちょっと盛り上がって服の中に手を突っ込んで、シャツの下の方のボタン二つを外して、ついでにズボンの前のボタンも開けましたね。あー、留めてないね。なるほどその状態でリコットが部屋の外へ出て行ったもんだからね、お姉ちゃん怒るよね。
「この部屋には子供も帰ってくるのよ、分かってる?」
「わか、って、ます」
「ならどうしてあんなことになるの」
「それは、えっと、手癖っていうか」
「手癖?」
もう何も言い訳が思い付かなくて、めちゃくちゃ小さい声で「ごめんなさい」って続けたらもう一発殴られた。同じ場所三回。声すら出ない。悲しい。身体を縮めて痛みに耐えていたら、数秒後、リコットから笑い声が漏れる。
「ナディ姉、もう、ふふっ、その辺で。私も不注意だったし、外されてる時に止めてなかったから」
笑いが止まらないらしくって声を震わせながら、それでも何とかナディアを宥めてくれていた。でもナディアは私に「次やったら分かってるわね?」と凄んでくる。怖いよう。「はい、気を付けます」と頭を抱えたままで返したら、ようやくナディアが傍から離れて行った。
ふい。怖かった。自業自得ってやつ。
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