第299話

 いつも私はベッドに入って最初、いっぱいキスを落とす。可愛い可愛いって思いながら、唇以外にも。

「そういえばさー、前から気になってたんだけど」

「ん」

 返事はちょっと低かった。私が首筋に唇を当てて喋ったから、くすぐったかったんだと思う。

 そのまま上に唇を滑らせて、ナディアの、をしてる方の耳に、かぷりと噛み付いた。大口を開けて半分くらい口に入れたせいか、咄嗟にナディアが身体を強張らせる。でも歯を軽く当てる程度の甘噛みを繰り返していたら、次第に力を抜いてくれた。その様子を見守ってから、改めて言葉を続ける。

「この耳、聞こえてるの?」

「きっ、聞こえて、ないけれど。くすぐったいから、喋るなら噛まないで」

「ありゃ。そうなんだ」

「舐めるのも止めて」

 噛まれるのが嫌だっていうから代わりに舐めようとしたら、舌先が触れただけでバレました。仕方なく顔を上げて離れるけど、不満だったので口をへの字にする。私の顔を見上げたナディアが、不満なのはこっちの方だって目でじとりと睨んでいた。

「こっちの耳には何の機能も無いわ。進化過程の名残りと言われているわね」

「へえ~」

 人族で言うところの、尾てい骨みたいなもんかな。あれも尻尾の名残りだって言われてるもんな。

 敢えてこんな時に説明されることでもない気がするけど、私が聞くものだからナディアは丁寧に説明してくれた。まあ、聞きながら服を脱がしますけどね。

 人と同じ場所にあるその耳は、内耳の方がほとんど無く、穴も途中で閉じているらしい。ナディアは外耳の形がそのまま残っている方だけど、獣人族にも個体差があって、人によってはほとんど外耳部分が無くて穴だけだったり、穴すらもほとんど無かったりと様々だそうだ。

「でもナディの耳は人族のと比べても形が綺麗だよねぇ」

「そんなところに綺麗とかあるの……」

「あるよぉ」

 さっき怒られたことも忘れて、また可愛い人型の耳を口に入れ、無断でモグモグする。可愛い。

 ナディアの両手が私の肩に添えられているが、押し返してこない。多分、我慢の限界が来たら押されるんだと思う。つまり今は大丈夫ってことなので引き続き甘噛みします。

 こうして、こっちの耳の方にも夢中になった私はしばらく先に進まず、いつもよりも疲れていたはずのナディアを夜更かしさせ、朝寝坊させてしまった。ベッドに正座して謝りました。

 勿論、みんなの元へと帰る時間も遅れましたので。部屋に入ると、帰りを待っていたリコット達は少しほっとした様子で笑みを浮かべた。

「おかえり、遅いから心配したよ」

「ごめんねぇ、昨夜ちょっとナディに無理をさせてしまって、イテッ」

 私の言葉途中で、ナディアが後ろからグーで背中を殴った。悲しい。どうして。せめてパーでって。

「語弊があるわね。下らないことに時間を使っただけでしょう」

「下らなくないよ~」

 可愛い耳をモグモグするのは大事な時間です。私の心身の健康に繋がる。言ったらすごい顔されそうだから口にはしないが。さておき朝食は、帰宅途中で適当に五人分を買ってきたのですぐに食べられる。テーブルに紙袋を置いたら、ラターシャがそれを開いて、みんなの分を並べてくれた。

「あれ、リコ?」

「な、なに」

 ふと、一歩分だけ離れて立っていたリコットに目を向ける。何故かリコットは焦った様子で目を瞬いた。

「どうかした? 体調悪い?」

「えっ、全然、元気だよ。なんで?」

 そうは言うが。本当とも出てるが。何だろう。ちょっといつもと様子が違うような気がする。私は大きな一歩でリコットとの距離を縮め、彼女の腰を引き寄せる。こんな触れ合い程度でリコットが身体を強張らせるのも珍しくて、絶対に何かあると思ったんだけど。

「んー、熱は、無いなぁ」

 唇を額に当てるようにして、自分の体温と比較してみる。あ、つい元の世界の感覚で測ったが、ステータスを見れば良いんだったな。そのままステータスも確認した。平熱だなぁ。

「本当に元気だってば、もう」

「それならいいけど。ついでにちゅーしとこ~」

 言葉通り何の意味も無く、離れるついでに頬に口付けたら、またナディアに素早く背中を叩かれた。本日二回目です。イテェ。

「何のついでよ。具合を心配するなら、早く朝食を取らせてあげて」

「あー、そうだね。お腹空いたよね、リコ。食べよっか」

「……うん」

 小さく頷いている様子もやっぱり、うーん、いつものリコットに比べたら元気が無いようだけど。お腹が減っているだけかもしれないもんね。これ以上は引き延ばすまい。そう思って、腕から解放した。

「ふ、ふふっ」

 だけど私達がテーブルに向かおうとした時。少し遅れて零れた笑い声。それはやや高く、ルーイの声だったが。その肝心のルーイの姿が見付からない。あれ? 何処だ。

「ルーイ。何、笑ってんの」

「ご、ごめ、なさ、ふふふっ」

 険しい顔をしたリコットの視線の先。ラターシャの背中にすっぽりと隠れてルーイが何やら楽しそうに笑っている。ようやく見つけた彼女の肩は、笑いを堪えきれない様子で揺れていた。いつから笑っていたのだろう。笑いを隠す為にそんなところに行ったのだろうか。

「もう笑うのやめなってば!」

「あはは! そんなこと言われても!」

「ちょっ、私を挟んで追いかけっこしないでー」

 ルーイを捕まえようとしているリコットと、逃げるルーイ。そして二人の間に挟まれて困惑しているラターシャがわちゃわちゃして、急に騒ぎ始めてしまった。

「元気なのかな?」

「……そうみたいね」

 ナディアと一緒に首を傾げた。よく分かんないけど、元気ならいっか!

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