第298話
「前にさ、ちょっと説明したけど」
少し考えてから、そう話し始める。ナディアは顔を上げて、首を傾けた。この子よく首を傾けるんだけど、その仕草やっぱり猫ちゃんぽくて可愛くて堪りません。今そういう話じゃないね。
「生成時に魔力が消費されるから、生成されたものは魔力を帯びていないって話したでしょ?」
「ええ」
これは、レベル2の属性魔法の講座をした時にみんなに説明したこと。自分で生成した水であっても、生成時に魔力は消費されてしまっているから、操るならもう一度ちゃんと魔力を入れ直さなきゃいけない――という話だ。
「だから理論的には少し不思議なことなんだけど、『生成されたもの』はそれでも、『誰』が自分を生んでくれたのか、知っているみたいでね」
「……どういう意味?」
怪訝に眉を寄せるナディアに、私は殊更、優しい笑みを向けた。
「自分で生み出した火は、自分の身体を燃やさないんだよ。これは私も最近、気付いたばかりなんだけど」
ナディアが目を見張る。私も気付くまでは火傷しちゃうんだと思ってたから生成時には特に気を付けていたし、ナディアが火花生成をする時は結界で彼女を守っていた。そしていつも「火傷したらすぐに教えて」って口酸っぱく伝えていた。でも実際はそこまで心配なかったらしい。勿論ナディアが練習する傍に誰かが居たらその人は火傷するかもしれないし、物や服に燃え移ると危ないので、結界自体は大事だけどね。
「やってみせるから、よく見てて」
手の平を下に向けた状態で、その真下で火を生成した。私の手が火に巻き込まれるのを見て、ナディアが息を呑む。だけど火を消した後。私の手は何ともなっていなかった。
「ほら」
今燃やしたばかりの手をナディアに見せる。ナディアは私の手に顔を寄せてまじまじと見つめた後、恐る恐る触って確認していた。
「本当に……」
「うん、燃えないんだ。爪も髪も、自分と繋がっている限りは魔力を帯びているから燃えない」
多分、帯びている魔力と相殺し合うんだろうね。だから爪や髪は切って一秒ほど待つと燃やせるようになる。あと、他のものに燃え移っちゃったら『違う炎』になってしまうらしく、点火した後の炎は変わらず危険だ。そのような違いも丁寧に伝えておく。やっぱり火は他の属性と比べて遥かに危険で、火傷してしまったら大変だからね。
「ナディ。君の炎は君の味方だよ。ゆっくり触れ合って、怖くないことを覚えたらいい」
私の手に触れたままだった彼女の手を握り返し、言い聞かせるように優しく告げる。まだナディアは戸惑った顔をしているけれど。
「あ、いっそナディも一度、自分の手を燃やしてみたら?」
「えっ」
体験すれば更にはっきり実感できると思う。まあ明らかにショック療法だから、強制はしないけど――とまで告げる私の声は聞こえているだろうか。ナディアは怯えた顔で、自分の手をじっと見つめている。手が白くて可愛いなぁ。
しばらく沈黙してその状態で固まっていたナディアは、意を決したように自分の正面で、両手をお椀型に構える。そしてその中に魔力を溜め始めた。おお。勇敢。
やや青い顔になっているのは、本当に怖いんだと思う。無理させたくない気持ちもあるけれど、この恐怖を乗り越えたい気持ちがナディアの中にあるなら、それを尊重したい。私は黙って見守った。
手の上で、さっきまでと同じような魔力濃度を作った直後、それが燃える。びくりと手を震わせたナディアは、やっぱり直後に霧散させて消してしまったけれど。
「何ともないでしょ」
「……ええ、熱くも、痛くもなかったわ」
それでもナディアの手が微かに震えている。私は少しテーブルに身を乗り出して、再び彼女の両手を自分の両手で包み込んだ。
「大丈夫だよ。少しずつ、慣れていけばいいよ」
私の言葉に、ゆっくりと頷いたナディアは、緊張を解くようにして静かに長い息を吐く。それに応じて私も手を放した。
「今、私の魔力はどれくらい残っているの?」
「んーまだ半分」
「……そんなに余裕を残していたのね」
軽く項垂れながら笑ったナディアはその後、残り四分の一になるまで熱心に炎生成をしていた。手の上でやったのは一回きりだったものの、ランプの中に出す時も、最初よりは身を寄せていた。寄せるように意識していたのかな。頑張り屋さんだね。作り出す炎に照らされて少し色を変える彼女の影が美しくて、私はワインが美味しかったです。
「お疲れ様」
晩酌とその片付け、それから入浴も終えた後。
先にベッドに横たわっていた彼女に、労いの言葉を掛けながら私も隣に寝そべる。さて。いつも通り抱きたいわけですが、今夜は疲れているだろうか。何度も瞬きをする様子が、眠気を感じさせる。抱かずに寝かせてあげるべきかなぁ。
「ナディ、平気?」
問い掛けると、ナディアは寝そべったままで不思議そうに首を傾け、「何が?」と返してきた。
「身体、しんどいかなと思って」
「……ああ、いいえ。目が、乾いているだけ」
私が心配した理由を察したらしい。目蓋を軽く押さえていた。曰く、炎生成の為に瞬きを忘れてじっとランプを見つめ過ぎたと言う。本当のタグが出ていてホッとした。けれどいつも以上に魔力を使ったという状況も嘘ではない。
「つらくなったら、途中で止めてもいいからね」
「はいはい」
えっ。どうしてそんな呆れた声を返すんですか。過保護って顔に書いてあるけど。私は過保護じゃない。
反論が喉まで出そうになっていたけれど。ナディアに覆い被さる形でベッドに膝を付いたら、何を言おうとしていたか忘れた。安宿のベッドが音を立てて軋んだのに、ナディアがそれを気にする様子も無い。
「この瞬間が好きだなぁ」
「……どの瞬間よ」
しみじみと告げたら、怪訝な顔でナディアが見上げてくる。この光景をじっくり堪能するように間を空けてから、私は応えた。
「こうして、ナディを見下ろしてる時間」
私の回答に数秒間、考えるようにナディアが目を細める。
「あなたにも、支配欲があるの?」
「はは、どうだろう、そういう種類の気持ちかは分からないな」
でも組み敷いてる状況が好きだなんて言ったら、そういう解釈は当たり前だね。
だけど懐かない猫ちゃんみたいなナディアが、私に組み敷かれてる状況で四肢を無防備に投げ出して寛いでいるっていうのは中々そそるものがある。元より同意の上なんだから、そんなの当たり前だって分かっているけど。うーん。可愛い。愛しい。
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