第297話
ナディアは横に避けていたさっきの小鉢を引き寄せ、また炎生成をしようと集中し始める。
私は彼女の邪魔にならないように静かにおつまみとワインを楽しむことにした。でも本当、そこに座っているだけでナディアは綺麗で可愛いから、いくらでもお酒が飲めるよね。
特に今の彼女は、真剣に小鉢だけを見つめている。お陰で正面からいくら見つめていても咎められない。うーん、贅沢な時間だ。
二回目の試行では炎になる前に霧散してしまったけど、三回目の試行は最初よりも長くきらきらして、一瞬だけ炎になった。いいねぇ。
「本当に濃い魔力が必要なのね……まだまだ濃度が足りないわ」
「でも良い調子だよ~」
思ったより気のない声で返事してしまったので怒られるかと思ったら、ナディアはふっと力が抜けたみたいに笑った。ナディアが笑ったよ~可愛いねぇ。お酒が美味しくなるねぇ。
「ねえナディ」
「今?」
「ふふ。ごめん」
四回目の試行をしようとナディアが魔力を小鉢に集め始めたと同時に話し掛けてしまった。集中が途切れ、折角の魔力が散っていく。ごめんって。
「握力をさ、数値化する道具が私の世界にはあってね」
「……はぁ」
何の話だよ、と言いたげな顔が最高に可愛い。ニコニコしながら私は話を続ける。
「勢いを付けて一気に、ふんっ! って握っちゃうと数値が大きくなるんだ。本来の力を正しく測定するなら、ゆっくり、ぎゅ~っと握らなきゃいけない」
ナディアの表情が変わった。気付いたみたいだ。私は笑みを深めるだけで沈黙し、彼女の言葉を待つ。
「勢いよく、一気に濃度を高める?」
「そう。素早さが必要だけどね、今すぐ濃くするには一番楽な方法だと思うよ」
どうしてか渋い顔をして、ナディアが少し俯いた。それから小さく唸る。
「私はあまり、瞬発力が無いのよね……やってみるけれど」
なるほど、この方法は自信が無いらしい。基本、ナディアはのんびりさんだからね。鈍くさいって感じはしないものの、急に素早く動いたりしないんだ。そういうところが好き。いや、そういう話じゃない。とりあえず、慣れないことかもしれないが、不可能というほどではないと思った。
そういうことで、私が邪魔してしまった四回目の試行が再開される。いつもより時間を掛けている。凝縮させたい魔力を小鉢に集めた後、一気に力を籠める為に準備をする時間だ。これは正しい。全方向から一か所に向けて均等に力を籠めなきゃいけないので、ゆっくり圧縮する以上に神経を使うと思う。
準備が整ったナディアが、短く息を吐いた瞬間。
「あっ」
「おおっと」
見事に炎は出たが、狙った場所で上手に凝縮できなかったみたいで、炎が少し小鉢から漏れた。ナディアがしまった、という顔をしたけれど、傍にあったピザがちょっと焦げただけだ。
「わー、いい香り~」
焦げたピザを食べる。悪くない。思わぬ副産物に楽しくなっている私とは対照的に、ナディアは猫耳をこれ以上は下げられないくらい、ぺたんこにしていた。可愛い。
「ごめんなさい」
「大丈夫だよ。テーブルはちゃんと守ってたから」
「結界?」
彼女の問いにもう一枚ピザを口に含みながら頷く。一応、零れた時用にテーブルには結界を張っていた。宿の備品なのでね。それ以外は私達の私物、または食べ物だから気にしないけどさ。
「小鉢は良くなかったかな。驚いたね」
食べている途中だったが一旦フォークを置いて、収納空間へと手を突っ込む。
「これならどうかな?」
そうして私が新たに取り出したのは、丸型のランプだった。本来はロウソクを中に入れて使うんだけど、今は何も入っていない。そして細い筒型よりは内部の空間が大きい。
「真上以外は密閉されてるし、うっかり変なところに飛ばないと思うよ。この中でやってみようよ」
小鉢を回収して、空のランプを贈呈した。内部が広く取られているので、今のナディアくらいの炎なら少し生成場所がズレても中に入るだろう。
「それにしてもさっきのは良かったね、結構ちゃんと燃えてた」
「位置のずれが大きかったけれど……確かに濃度は今までで一番だったわ」
「タイミングもばっちりだったし」
「あれは……多分、まぐれ」
あら。最高濃度の瞬間に上手く火が点いたように見えたんだけど、本人は「できた」という感覚が無かったみたいだ。
「まあ繰り返しやったら身に付くよ。何にせよ炎生成はばっちり達成だね。お祝いだ~」
そう言って勝手にナディアのグラスにワインを注いだら、ナディアはちょっと溜息を落としてからそれを傾ける。
「狙って出来るようになるまでは、達成とは言えないけれど」
「ストイックだねぇ」
ワインと共に生ハムとナッツを少し摘まんで休憩した後、ナディアは更に二回の試行をした。どちらも炎は出ている。ボッと強く燃えて、でも、一瞬で消えてしまう。すぐに消えてしまう理由は、うーん、指摘しなくても分かってるだろうな。燃えた直後、濃度を保てずにナディアの魔力が霧散しているのだ。
「ちょっと怖い?」
「……ええ」
霧散させてしまう理由の方が、きっと解決が難しい。ナディアは燃え上がる炎が怖くて、反射的に魔力操作を失ってしまうようだった。むしろ無意識に消そうとして、霧散させているのかもしれない。
恐怖という感情は、人の奥深くに根を張る。
一朝一夕で解決するものじゃない。ナディアも分かっていると思う。だけどそれでも彼女は、火の魔法を覚えたいと言っていた。だったら私は彼女が頑張れるように、一緒に解決方法を探るだけだ。
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