第296話

 だけど期待した直後、魔力は霧散してしまった。ナディアはそれを呼び戻すことも出来ずに、脱力した。途中から息も止めていたんだろう。大きく吐き出し、そしてちょっと肩を上下させている。

「いやー、すっごく惜しかったね。一回目でこれはすごいよ。やっぱりナディはレベル2の中では炎生成の相性が良いみたいだ」

「もうちょっと、だったから、余計に悔しいわ……」

 机に突っ伏してぐったりしている。可哀相で可愛い。猫ちゃんが液体になっちゃった。撫でても良いかな~。窺ってる内にさっさとナディアが身体を起こした。こうして私は絶好の『撫で』の機会を逸してしまったのだ……。

「変なところに力が入ってしまったみたい。少し身体が痛い」

「ん~、そういうのも、魔力分散の一因になるから、慣れて気楽にやれるようになったら、もっと濃く出来るよ」

「なるほど……」

 私は別件で落ち込んでいるなどと悟られないように冷静な顔でアドバイスを告げる。真剣に私の話を聞いてくれるナディアも可愛くて好きです。

「とにかく。しばらくこっちの練習に切り替えてみるわ」

「うん。その小鉢はあげるよ。好きに使って」

「ありがとう」

 小鉢をテーブルの端に寄せると、ナディアは一つ息を吐いて、ワインを傾ける。私も同じくワインを傾け、そして照り焼きされた獣肉を口に放り込んだ。うまい。

「ナディ、疲れた?」

「そうね……かなり」

 彼女の回答を聞きながら私はじっと彼女のステータスを見つめた。

「なに?」

 私の視線が不自然な場所に止まっているのに気付いたナディアが、首を傾ける。

「いや、ナディいつも魔力が結構余ってるんだよね」

「……嘘でしょう」

「本当」

 その反応は、かなり魔力を使っている認識だったってことだねぇ。でもナディアは女の子達の中ではダントツで一日の消費量が少ない。

「うーん、ナディは、魔力じゃなくて神経が疲れてるんだろうな。濃度を上げる為にすーっごく集中してるでしょ?」

「ええ」

「それから元々色んなところに神経を張り巡らせてることも要因かも。いつも眠りも浅いし」

「あなたのせいでね」

「あ、そうだね、私のせいだわ、ごめん」

 ハッとして謝罪したら、呆れた溜息を吐かれた。もう一回「ごめんなさい」と、しっかり謝る。眠るナディアを一番よく起こしてしまうのが私であり、それが続くからナディアも警戒してしまうのだ。全面的に私のせいだ。

「まあ、えっと、毎晩チェックする限り、ナディの魔力量が半分以下になってたことは一度も無いよ。気持ちに余裕があればもう少し使ってみてもいいかも」

 点数を稼がなければならないという焦りが湧き上がり、慌ててアドバイスを続けた。ナディアはそんな私の浅はかな考えなんてお見通しだったと思うけれど、何も言わずに頷く。

「分かったわ、ありがとう。時々、魔力残量を聞いても?」

「勿論だよ! いつでも聞いてね」

 言われてみれば、誰も私にそういうの尋ねてきてなかったな。でも「あと残り半分だよ」とか、いつも細かく教えてあげたら、もっと練習しやすくなるのかも。明日帰ったらみんなにももっと聞いていいよって伝えておこうっと。

「そういえばナディ、あの札の解除、難しい?」

「……難しいわね。まだ一枚も解けていないわ」

「そっかぁ」

 軽い口調で問い掛けたつもりだったが、頷くナディアは重苦しい溜息を零し、険しい表情を見せた。これはかなり頑張っているものの苦戦してるって感じかなぁ。

「リコットもまだなの?」

「うん、こっそり聞いたけど渋い顔で『まだ』って言ってた」

「そう……」

 あの子にも難しいなら、他の子らにはちょっと厳しいかな。おかしいなぁ。みんなならもう解けるだろうと思ってお願いしたつもりだったんだけど、どの部分を測り違えてしまったんだろう。

「勝手に難易度を落とすのは、良くないかな」

「そうね。落第点を貰うようで、少し落ち込むかもしれないわ」

「だよねぇ」

 とは言ってもレベルに見合わない難し過ぎる課題は、逆に成長を止めてしまわないだろうか。達成感が得られないまま放置したくないなぁ。どうしようかな。私が腕を組んで対策を考えようとしたところで、ナディアの方が提案をくれた。

「もう一度、勉強会と言うか……何処で詰まっているのかを共有して、相談させてもらえたら」

「それ良いね、そうしよう。全員の進捗を見よう」

 みんなで悩みを共有することで状況も分かるし、色んな側面で問題が見えそうだ。私の認識とどうしてズレちゃったのかも、それで明らかになってくれるといいな。あ、でもリコットは、別でも改めてやった方が良いかな。みんなの前だと本当の進捗は隠しちゃいそうだ。

「ナディはどうする? 今見る?」

「いいえ、私もみんなと一緒でいいわ」

「そっか」

 先に見てもらうのも気が引けるのかもな。お姉ちゃんだし。それに『みんなと一緒に』見てもらうことで自分の課題がより明確になるかもしれないね。私とじゃ感覚が違い過ぎるだろうから。

「だけど」

「うん」

「炎生成の練習……もう一回やってもいいかしら」

「あはは! 幾らでもやりなよ、気にしないで良いよ」

 ちょっと手応えがあった分、感覚を忘れないうちにやりたくてしょうがないみたいだ。なのに私と一緒に飲んでいる最中だからと気兼ねしていたんだね。真面目で優しいねえ。

「おつまみと美味しいワインがあって、ナディが目の前に座ってくれているだけで最高の夜だよ」

 ナディアは唇が動かしてから少し間を空けた後、軽く首を傾けて「そう」とだけ返してきた。言いたいことを飲み込んだ顔をしているなぁ。ま、いっか。

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