第291話

 そんな二人の視線から逃げるように、リコットは部屋の端にある無人の机を見つめる。

「アキラちゃんの最初の目的はナディ姉と『寝たい』だったじゃん。あれって本気だと思うんだよね。アキラちゃんだしさ」

 しかしナディアには、大切にしているリコットとルーイが居た。二人のことを置いていけない。二人も一緒に守らなければナディアが手に入らない。だからアキラは三人まとめて保護をした。

「私も子供だったら、多分ラターシャやルーイと同じで、『子供だから守る』の範囲だったんだろうけど」

 出会ったあの時、リコットは十九歳だった。時々アキラは二十歳未満も『子供』と言うが、性的に見ないと決めている範囲ではない。つまり半端な位置。

 ナディアの連れで、且つ、十八歳以上だったから、リコットは手を出す相手として選ばれた。

 それはアキラがナディアを選んだのとはまるで違って、ただただ保護する『理由』としての、後付けのこと。だからアキラが本当に抱きたいと望んでいるのはナディアだけだ。少なくともリコットはそう解釈していた。

 けれどその説明にラターシャは眉を顰め、少し言葉を選びながら口を開く。

「えー、と、多分それは、違うと思う。……確かに、あの時のアキラちゃんにとって、まだ猫耳や尻尾は珍しいものだったし、ナディアが美人なのも相まってナンパが最速だったんだけど」

 あの時ほどアキラが無節操にナンパをした場面を、ラターシャは知らない。ふらふらと女性へ目をやっている軽薄さは何度も見ているし、擦れ違う綺麗な女性には笑顔を向け、手を振って、時々ウインクまで見せている。けれど、仕事中の人を困らせるようなナンパはあれきりのこと。アキラ自身も何度も言い訳をしていたが、ナディアが可愛すぎて何も考えられなくなっただけであって、普段のアキラは弁えている。だからナディアは確かに特別だったのだろう。しかし。

「それでも、ナディアが『先』だったのは偶々だよ。リコットと先に出会ってたら、間違いなくアキラちゃんはリコットをナンパしてた」

「私もそれは思うー」

 ルーイも同意して頷いていた。そもそも、単に『目を見張る美しさ』だけで言うなら、リコットがナディアに劣っている等ということは全く無い。彼女ほどの美人と出会えば必ずアキラは声を掛ける。仕事中には我慢したとしても、何とかして仕事終わりを押さえようとした可能性は高い。

「それに、二人が外で働いてたのって客寄せなんでしょ?」

 他でもないラターシャがそれに気付いていたことに、リコットは少し驚いた。

 三姉妹は間違いなく、誰もが目を止めてしまうほどの美人と美少女だ。ナディアとリコットは働くにも不自然ではない年齢の為、食堂やカフェで働かせて、男を寄せ付けさせる。そしてナンパをしてくる者が居たら、組織の人間またはナディア達本人が近付き、夜の仕事もしていることを伝える。夜も働いているから自由な時間が少ない、しかし夜の『相手』にならなれる――と伝えて、乗ってくるなら薬の餌食になる仕組みだった。

 アキラがあれだけ堂々とナンパをしたにも拘らずその歯車に入れられなかったのは、『人族』だったからだ。誘いはあくまでも冗談であって本気ではないと、組織にもナディアにも捉えられていた。つまり、相手がリコットだったなら、話はまるで変わってくる。

「……女の人でも、お客だよね?」

「そう、だね、もしアキラちゃんが私をナンパしたら、そうなったと思う」

 通常のルートで、『リコットの客』としてアキラがあの屋敷に招かれていたとするなら。

「結末は一緒だよ。切っ掛けが変わるだけで」

 むしろナディアから組織に接触したルートの方が異例であり、明らかに確率が低かった。アキラがあの夜、仕事中のナディアを『偶然』見付けなければ起こらなかったのだ。実際はアキラの野性の勘とタグのお陰ではあるが、偶然であることには変わりない。

 だからあの夜ナディアと遭遇していなければ、リコットを市場で見付けて、リコットから組織に関わった可能性の方が高かったのではないかとラターシャは言う。

 ちなみに。あの夜、ナディアの客としてアキラが屋敷に行ったことを、アキラ本人からラターシャはまだ聞いていない。おそらくアキラは告げていないことすらもう忘れている。代わりに、しばらくしてからナディア本人が打ち明けていた。

 その時のラターシャの感想は、「結局、自分から首を突っ込んだんだ」だった。アキラにも聞かせてやるべきだろう。

 閑話休題。

「だから、別にどっちの方がってことはないと思うし、リコットを『ついで』だなんて思ってないよ、絶対」

 はっきりそう言って、ラターシャが真剣な目でリコットを見つめる。するとルーイも、彼女に応じるみたいに表情を引き締めて、リコットを見上げた。

「私も同感。っていうか、そっちは私の方が確信して言えるよー。リコお姉ちゃんを見る時のアキラちゃんって、ナディアお姉ちゃんを見てる時と同じくらい熱っぽいもん」

 話が際どくなる気配を感じ、ややラターシャが頬を染め、リコットも少し焦った。

「アキラちゃんって、お姉ちゃん達を見てるとすぐに『あーもう可愛い抱きたい』って顔する」

 これは事実ではあるのだが、ルーイがそれらを全て正しく把握していることは、――育ちを思えば不自然ではないのかもしれないものの、実年齢と見た目の幼さによって混乱する。

「むしろリコお姉ちゃんがその視線を分からないって言う方が、変……ああ、そっか、分かってるから、構ってほしいんだ?」

「待ってルーイ、お姉ちゃんが悪かった、だからもう……」

「ベッドに入ってる間が一番、愛されてるって実感できるもんね~」

「ルーイ!」

 縋り付くようにして止めたものの、ルーイはふふふと楽しそうに笑いながら最後まで言ってしまった。

 本当は。リコットだって本心からアキラに『ついで』と思われているなどと、疑っていない。ベッドで愛してくれる時も、そうじゃない時も。アキラはみんなに対して心からの愛情を持ち、それを注いでくれている。過度とも言えるほどに。けれど時々始まりを思い出して不安になるから、一番『分かりやすい』方法で、愛してほしくなるのだ。

 指摘に完全に降伏したリコットは、無言でテーブルに突っ伏していた。

「それに正直、どっちが多いことも無い気がするよね」

 ラターシャが真面目にそんなことを言い出すと、ルーイは一瞬リコットに視線を落とした後で、楽しそうに意地悪な提案を口にした。

「うーん、これから数えてみる?」

「数えてみない! もう大丈夫です、ごめんなさい許して……」

「ふふ」

 今この場で一番楽しそうなのがルーイであるのを見る限り、この中で一番強いのもルーイなのかもしれない。いや、ともすればこの場に居ない二人を、含めても。

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