第290話_『ついで』
「とりあえず今の間取りの説明はそれくらい。何か要望があれば教えて?」
「建てる向きは?」
ナディアの問いにポンと手を叩く。いい質問だねー、言い忘れてたねー。大事なことだね。
「バルコニーを南向きにしたいから玄関が北向きだよ」
この世界、不思議と太陽の動きが元の世界と同じ――厳密にはウェンカイン王国が地球の北半球と同じなので、南向きバルコニーが最も日当たりがいいのだ。私の説明に、みんなは各部屋の窓の位置を確認して、ふんふんと頷いていた。まあ、この向きも気に入らなかったら変えて良いけどね。私が勝手に決めただけだからね。
「相談したり考えたりする時間はもうちょっと貰ってもいいの?」
「勿論だよ。一旦、これはみんなに預けるから。ゆっくり考えて」
リコットの言葉に私はしっかりと頷く。大事なことだから、時間を掛けてもらって構わない。そうして間取り図などの紙をみんなに預け、私はテーブルを離れて机の方に行こうとした。でも一歩離れてから、言い忘れたことがあったので振り返る。みんなが不思議そうな顔で私を見上げた。
「この家はみんなの家だけど、ずっとこの家に居ることを強いるつもりは無いからね」
私の言葉に、みんながきょとんとする。これじゃ分かりにくかったかな? もう少し丁寧に言い直そう。
「いつでも帰れる、実家だと思ってほしいかな。もしお嫁に行っても、したいことを見付けて出て行っても。帰ってきたら必ずこの家は君らのものだ。縛るつもりで建てるわけじゃないってことは覚えていてね」
しばらく目を丸めたまま、みんなが沈黙する。最初の反応は、ナディアの長い溜息だった。えっ。そしてリコットの、困ったような笑い声。
「私達はアキラちゃんの傍を離れて行かないよ?」
そうやってリコットが断言するから、私の方が今度は目を丸めた。ナディアは溜息を吐いた状態のまま黙っているし、ルーイとラターシャは苦笑しながら私を見上げている。つまりリコットに同意なの? 改めて、きょとんとしてしまった。
「だけど、アキラちゃん。そういうことも考えてくれてありがとう」
私の戸惑った反応を見兼ねたのか、ラターシャがそう付け足してくれる。私はただ「うん」と返すしかなかった。
何だか贅沢なことを言われたけど。みんなまだ自由を手に入れて短いから。もっともっと外を見たら、色々変わるかもしれない。だからやっぱり私は今の時点でみんなの『一生』を私の傍に縫い止めたくはないのだ。
首を傾けつつ、私はそのまま続きの作業の為に机に向かった。みんなが顔を見合わせて苦笑していることも、何にも知らなかった。
その日の夕食前。そろそろ食事処に行こうってそれぞれ立ち上がって、身支度をしていた時。
「ナディ。あー、今夜、飲みに行かない?」
「……外泊も?」
「うん、出来れば」
ナディアは私から視線を逸らし、少し首を傾けてから、「いいわよ」と静かに了承してくれる。「ありがとう」と返したら、一秒後に背後からリコットに抱き付かれた。いや突撃された。イテェ。
「いつもナディ姉ばっかり構うー」
「えぇ?」
ちっともそんなことないでしょうよ。驚いて振り返るが、私の項にぐりぐりと額を擦り付けるリコットの顔が見えない。何とか手を伸ばして、その頭を撫でて宥めた。
「偶には私も誘ってね~?」
「勿論。そんな可愛いこと言ってくれるなんて思わなかったなぁ。そうだね、リコももう二十歳だし、次の外泊は飲みに行こうね」
「うん」
甘ったるい声が返ったところで、やんわりとリコットの拘束を解いて抱き寄せ、その柔らかな頬に口付ける。リコットがふにゃっと笑った。
* * *
「リコットって、うーんと」
夕食を終え、二人が飲みに行ってしまった三人だけの部屋で。ラターシャが何かを言い淀みながら首を傾ける。リコットも、先を促す意味で首を傾けた。
「アキラちゃんが、その、好きなの?」
「そりゃ勿論、大好きだよ。ラターシャだってそうでしょ?」
「え、いや、えっと、それはそうなんだけど、そうじゃなくて……」
躊躇いなく答えを返すリコットはニコニコしていた。彼女にはちゃんと、ラターシャの問いの真意が分かっている。少しして、
「恋愛的な意味とはちょっと違うかな。親愛だね。急にどうしたの?」
拗ねてしまったラターシャの頭を柔らかく撫でてから、リコットがきちんと答える。だけどラターシャは、答えを聞いて逆に難しい顔になってしまった。
「さっきの、ナディアにやきもちなのかなって、思ったんだけど」
「あー、うーん、あれは」
「リコお姉ちゃんは、ナディアお姉ちゃんが心配なんじゃないの?」
少し言い渋ったリコットに対し、ルーイが即座に代弁するように答えた。ただ、おそらくは代弁する意図よりも、リコットに問いを誤魔化させないように先手を打っただけだろう。退路を断たれたリコットは軽く肩を竦めた。
「うん、半分はそう。『心配』だね」
「心配って?」
おうむ返しに問うラターシャに、リコットは静かに頷く。
「ナディ姉にとって負担になってないと良いなって思って。自分が断ったら私に来るって考えてるだろうし、それで我慢してたら嫌でしょ?」
「まあ……確かに」
ナディアはいつも妹達のことを考えているし、彼女らを守る為ならば幾らでも自分を犠牲にしようとしている節がある。そしてそもそも、アキラが妹達に触れること自体をあまり快く思っていないようだ。自分がアキラに応えることでそれが食い止められると思えば、例えストレスと感じていても彼女はそれを飲み込むのだろう。
「全部がそういう理由だと思ってた。もう半分は?」
意外そうにそう続けたルーイに、リコットが少し困った顔で笑い、首を捻った。
「もう半分は、ヤキモチであってるかもね。何て言うか……私ってナディ姉とルーイの『ついで』でしょ?」
その言葉にルーイとラターシャは驚いた様子で目を丸めた。
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