第286話

「みんなはもう見て回ったの?」

「うん、アキラちゃんやナディ姉みたいに、読み込んでないからねぇ」

 三人は、展示されているものと概要だけを読み、「この話なら知ってるー」「私もー」と言い合うだけで次に進んでいたので、一通り見て回るにもあまり時間が掛からなかった。しかしナディアやアキラは、説明を端から端まで読んでいる上、他の展示物と比較したり思考したりと時間を掛けているので、全て見るのは大変なのだ。アキラは読むのが早いのでまだマシかもしれないが、その速度が普通であるナディアは、後どれくらい掛かるだろう。

 そう思いながらみんながナディアの行方を目で探したところで、ちょうど彼女も戻って来た。

「あれ、ナディ。もういいの?」

「今すぐ全てを見る必要は無いでしょう。気になっていたものだけ確認したの。また来るわ」

「おぉ、そりゃそうだね」

 この街にはしばらく滞在する。大聖堂は宿から少し離れているが、毎日通うことも苦にならない距離だ。今日だけで端から端まで見る必要は無い。アキラもそれに納得したように頷くと、さらりと周りを見渡した後、また一つ頷いた。

「もうこんな時間か。じゃ、私も今日はこれくらいにするよ。ごはん食べに行こうか?」

 他の参拝客に倣い、彼女らは去る前に軽くお辞儀をして、大聖堂を後にした。

「アキラちゃん、昼食、何処で――アキラちゃん?」

「あ、うん、ごめん、何?」

 何処で昼食を取ろうかとラターシャが相談する為に声を掛けたのだけど、アキラは少し、上の空だった。

「ランチの場所だよ。何処に行こっか?」

 心配そうな顔をしているラターシャに代わってリコットが再度問う。まだ誰もこの街には精通していないので持っている知識はアキラも同じだが、今まで大体『美味しい店』はアキラに問うと出てきていたので癖のようなものだった。

「ブレンダがお勧めしてくれた食堂が、この辺りに無かったかな」

「あ、そっか」

「お昼はサンドイッチが美味しいって言ってたところだー」

 ラターシャとルーイはそう言うと、自分で取ったメモを取り出している。アキラは目を細めて微笑みながら、その様子を静かに見つめていた。彼女らのメモを待たずとも自分は記憶しているのだろうに、二人がメモを確認してくれるのを待っていた。

「南の、ええと中央通りから、薬屋とパン屋の間にある道に入ってすぐ、右手にあるんだよ」

「そうだったね。行ってみよう」

 けれどその後もアキラは、みんなの言葉に応える時だけはいつもの彼女を見せ、それ以外の時間はずっと上の空だった。しかし救世主に関することで何か憂いがあるのかもしれないと思うと、外で詳しく尋ねることは出来なくて。気にしながらもみんなは見守るだけ。

「この後はどうする?」

「……アキラ」

「ん、ああ、えーと私は本屋に行こうかな。みんなは?」

「じゃあ私もー」

 結局、全員が本屋に行くと言うので、そのまま揃って向かった。五人で入るならば大きめの本屋が良いだろう。中央通りに並ぶ中でも最も大きい外観をしていた本屋をアキラは選んだ。

 本屋内ではすぐに別行動をして、各々、気になる棚を確認しに向かう。そうして入店して、十五分ほど経過した時。

「ラタ」

「ん?」

 入り口からそう離れていない、童話の棚を見ていたラターシャにアキラが声を掛けた。アキラが脇に抱えている三冊の分厚い本には、購入済みを示す紙テープが巻かれている。

「私、もう買い物したから。店の前のベンチで本読んでるね」

「うん、分かった。みんなは?」

「分かんない。最初に目に付いたラタに言おうと思って。見掛けたら言っておいてよ」

 苦笑するアキラにラターシャも笑いながら頷く。その時ラターシャも見える範囲に目をやったのだが、みんなの姿は無い。さて何処で本を見ているのやら。そうして店を出ていくアキラを見送ってから、再び見ていた本へと視線を落とす。しかし、もう一枚ページを捲ったところで、ラターシャは固まった。

「あれ……」

 ハッとした表情で、顔を上げる。とうに店を出てしまったアキラの姿は全く見えない。手に持っていた本を棚に戻した後、ラターシャは急いで他の子らの姿を探した。

 最初に目に入ったのは、ファッション雑誌のコーナーに並んでいたリコットとルーイだ。

「ふ、二人とも!」

「おお。ラターシャ、どうしたの」

 明らかに慌てているラターシャを見て、二人が目を丸める。

 ラターシャは一度息を整えてから、急いで状況を説明した。アキラがもう本を買ったと言って店を出てしまったこと。前のベンチに居るらしいけど、さっき目を離しちゃダメだって言われたのに咄嗟に気付かなくて、既に数分間、彼女を放置してしまっていること。声を潜めながらも捲し立てるように必死に説明する様子に、リコットが少し笑った。

「分かった。これだけ買って、私が見てくるよ」

「いいの?」

「だってラタはまだ本が見たいでしょ」

「それは……」

 図星を突かれつつもリコットに申し訳なく思ったラターシャは、否定も肯定も出来なくなってしまった。すぐに出られなかったのは、店の前に居ることを『みんなに伝えるように』と言われていたせいだ。そして彼女はまだ本を物色していた途中であって、購入予定が何も決まっていない。何も買わずに出ればアキラが心配するだろう。彼女のその状況を汲み取って、やはりリコットは頷く。

「大丈夫。私はみんなほど本を読まないから、雑誌だけで良かったし」

 そう言うとリコットは「二人は好きに本を見てて」と告げて傍を離れた。そして雑誌二冊の会計を済ませると、足早に店を出る。

 ラターシャから聞いていた通り、アキラは扉を出てすぐ横にあるベンチに腰掛け、分厚い本の一つを開いていた。その一冊以外は見当たらない。もう収納空間へと仕舞い込んだらしい。

「アキラちゃんっ」

「おわっ、びっくりした」

 元気よく名前を呼びながら隣に座ると、アキラは目を丸めて肩を跳ねさせる。悪戯が成功した顔で笑うリコットを見て、アキラは「もう」と笑って、彼女の頭を撫でた。

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