第285話_大聖堂
ほう、と感嘆の息を吐く。
大聖堂は少し変わったドーム型をしていた。高い天井までを遮るものは何も無い。複雑な模様を描く白い柱が無数に立てられ、床から天井までアーチを描いている。柱の隙間を埋めるように嵌め込まれているステンドグラスから差し込む光は優しくて美しくて。でもこっちの世界でも聖堂や教会はステンドグラスなんだなとか、やや風情の無い感想も同時に抱いた。
木製の長い椅子がずらりと並べられている点も私のよく知る教会の姿に似ている。ただし、祭壇は最奥ではなくて中央に置かれていた。祭壇と椅子の部分以外は、それらを囲むように自由に歩き回れるスペースとなっており、壁際には美術館のように様々な展示物がある。観光名所とされているのはこの為でもあるのだろう。
あんまり物珍しそうにきょろきょろしていたら不審かなと、早めに気を引き締めて前を向いたが、後ろを歩くリコットやルーイも「すごーい」とか「やば」とか言っているので、別に驚いても良かったらしい。ちょっと笑った。
この国の王城も見ているので、大きな建造物というだけであればさほど驚きはしなかっただろうが。やはり城と違って機能性よりも美しさに寄っているから、魅せられるところがある。まあ城も普通の屋敷よりは、機能性を度外視している部分はあるだろうけどね。
さておき。まずは祭壇にお祈りに行かなければ。真っ直ぐに歩き、他の参拝客らを遠目に眺める。うん、祈り方は人それぞれって感じだな。供え物を祭壇前の台に置いて、お辞儀をするだけの人や、両手を胸の前で握り合わせて祈る人など様々だ。でも誰も周りの祈り方に変な顔は見せていない。
台は大きいので、他の参拝客が居ても、横に広がって何処で祈ってもいいみたい。他の客を避けて、私達も台に花を供えた。女の子達は当たり前みたいに両手を握り合わせて祈っている。私は胸に手を当てて少し俯いた。
私にとって前代の救世主らは、信仰対象ではないし、神でもない。
冥福を祈りたいだけの死者だ。
つまり捧げたのは平和の祈りではなく、ただの黙祷。
祈りを終えた女の子達が軽く私を窺うのが分かって、笑いながら祭壇の前から立ち退く。
「とりあえず、みんな自由に観光しようか」
「はーい」
一旦ここで解散です。見て回る場所は沢山あって順路も無いようだし。
ナディアは最初から何か気になるものでもあったのか、私の号令を聞いて真っ先に立ち去って行った。ピンと上を向く尻尾が可愛い。追い掛けて行って尻尾を掴んだら即ビンタだろうな。それはそれで楽しいけど、大聖堂を出禁になりそうなので、止めておこう。
さて。いつの間にか誰も私の傍に居ない。さみし。いや良いんだけどね。私も観光しますか。ちらりと祭壇を振り返る。そこには救世主を模した銅像など何も無く、救世主の名も刻まれていない。大きな石碑に、救世主への賛辞と祈りの言葉がびっしりと書かれていただけ。
『人』としての救世主はこうして消され、人々にとって、『形の無い神』のような存在になるのだろう。
……泣き出したくなるような気持ちを静かに胸の内に仕舞い込み、私は祭壇を離れた。
* * *
大聖堂で一時的に解散をした後、女の子達は各々好きに歩き回っていた。ナディアは特に信心深い町の生まれであったこともあり、興味を惹かれるものは多い。
司祭は十数名の客を前に、救世主の話をしている。時折ナディアはそれに耳を傾けながら、多数の石板を見て回っていた。
救世主を祀る大聖堂とはいえども、それこそ遺物と呼ばれるに相応しいような救世主ゆかりの物は、流石に一つも置かれていなかった。本物が存在するとしても王族が城で管理しているだろう。此処にあるのはそれを模したレプリカや、救世主の伝説を書いた石板など。しかしこれらも制作されたのは数百年以上も前のことである為、充分に貴重と言えるだろう。
丁寧に一つずつ見ていたナディアが、同じように見て回っていたらしいアキラと遭遇する。
少し彼女の横顔を眺めてから、ナディアは静かに「アキラ」と声を掛けた。けれどアキラは正面にある立て看板を見つめたまま、反応しない。おそらく無視をしようとしたのではなく、集中していて聞こえていない。ナディアはそれを驚かなかった。横顔を見た時、声が届かない気がしていたから。結局そのままの位置でナディアは立ち止まり、ただアキラの様子を見つめた。
「――ナディ姉達、何を」
「しっ」
「え?」
アキラを見つめたままでナディアが佇むこと数分。二人が揃っている様子を見付けたリコット達三人が、傍にやってくる。けれど声を掛けようとしたところで、ナディアに止められた。何処か焦った様子でナディアは軽く振り返ってアキラを窺う。まだ此方には気付いていない。それを確認するとナディアは急ぎ足でリコット達の方へ歩み寄り、声を落として話し掛けた。
「もう見て回ったの?」
「あ、うん、大体」
「それなら、少しアキラを見ていて。私まだ見たいものがあるの」
告げられた言葉に首を傾けた三人の視線が、アキラの方へ向く。彼女はまだ熱心に、展示を見つめていた。
「アキラちゃん、どうかしたの?」
リコットの背後から、ラターシャがやや不安そうに問う。するとナディアは努めて柔らかい笑みを彼女に向けた。不安にさせてしまったと気付いて、安心させようとしたのだろう。
「いえ、集中しているだけだと思うけれど。いつもと様子が違うから、念の為よ」
もう一度振り返る。アキラは彼女らが集まって見つめているのに全く気付いていない。リコットは笑みを消してじっとアキラを見つめた後、ナディアに向き合う時には殊更明るく、ニコッと笑った。
「うん、私らが見てるから、ナディ姉は観光してきて」
「ありがとう」
未だ集中しているアキラの邪魔にならぬようにナディアは静かにその場を離れて、違う展示物の方へと歩いて行った。
その後残った三人は談笑しながら、アキラの様子を見守る。展示物の説明がぎっちりと書かれている説明看板と、展示物を見ているだけに思えるが。言われてみれば、読むのが早い彼女にしては留まっている時間がいやに長いようだ。
しばらくするとアキラは看板から視線を外して、微かに俯いた。考えるように口元に手を当てた後、軽く首を振る。そして次の展示物を見に行こうとしたのだろう。数歩進んだところで、ようやく進行方向でアキラを窺っていた三人に気付き、目をくりくりに丸めていた。
「えっ、どしたの?」
「あはは。ずっと見てたのに気付かないんだもん~」
「あれ、ほんとに? ごめん」
何度も目を瞬く様子は、いつも通りのアキラだ。ふわりと緩む目尻を、妙に嬉しい気持ちで女の子達は見つめ返した。
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