第284話

 そういえば昨日、ちょっとギルドに立ち寄ってゾラ宛ての手紙だけ出させてもらったんだよね。勿論みんなに「何の手紙?」と聞かれたので、内容も偽りなく明かしておいた。返事が来たら私の宿に届けてくれるそうだが、いつ頃になるだろうか。私の世界ほど便利な世の中ではないので、あまり早い返事は期待しちゃダメだな。それにゾラも統括のお仕事が忙しいだろうし。

 だが今日は特に用事も無い。そのまま通り過ぎようとした時。偶々、初日に受付してくれた女性が出てきた。扉前にある掲示板のプレートを一部変更している。依頼や募集の内容が張り出されているようだ。掲示板を注視したのも、変更している場に出くわしたのも初めてなので、ちょっと興味が惹かれて目が行った。それだけだったのに、視線を感じたのか女性が私の方を振り返ってしまい、目が合う。

 でも、流石に覚えてないよな。挨拶するのは変か。そうして迷っている隙に、彼女の方が私に会釈をした。おお。覚えているらしい。すごいな。私はニコッと笑って軽く手を上げた。

「おはよう。冒険者ギルドは朝でも人の出入りが多いんだね」

 ちらりと扉の方に目を向ければ、今も中へと入っていく客の姿が見える。出入りは引っ切り無しだ。

「おはようございます。ええ、夜の内に御用がある方もいらっしゃいますから、二十四時間、開けているんです」

 まさかの二十四時間営業だった。逆にこっちは深夜には閉まると思っていたんだけど。いやでも確かに魔物の被害は夜の方が多い。思い返せばレッドオラムで強襲があったのは深夜だったが、真っ直ぐに向かった冒険者ギルドは営業中だった。

「そりゃ大変だ。君は日中に出ているの?」

「はい、ほとんどの場合は……あ、申し遅れました。私、ヘレナと申します」

 別にわざわざ名乗ってもらわなくて良かったんだけど、礼儀正しい人だな。私は目尻を下げた。

「ご丁寧にありがとう、私は――」

「アキラ様、でしたよね」

 先に言い当てられてしまう。顔を覚えている程度なら「まだ二日前のことだからな」とも思ったが、これだけ出入りの多いギルドの受付が、名前まで記憶しているのは少し驚いた。

「うん。よく覚えてるねぇ、ヘレナ」

「ふふ。職業柄ですね」

 そこまで談笑したところで、ギルドの中から、短い赤毛の活発そうな女性が勢いよく出てきた。

「ヘレナ、さっきのプレートなんだけど――あっ、お客様、従業員のナンパは困ります!」

「うおお?」

「こら、リーゼル」

 急に怒られてしまった。赤毛の子はリーゼルと言うらしいが。まだナンパしてねえわ。まだね。私は彼女の剣幕に一歩下がるけれど、同時にヘレナが間に入ってくれて、私に詰め寄ろうとしていた彼女は立ち止まった。

「申し訳ありませんアキラ様。リーゼル、私からお声掛けして、ご挨拶していただけよ」

「あっ、嘘、そうなの? し、失礼しました!」

 勢いよく頭を下げたから、彼女の髪がぴゃんと跳ねた。元気な子だなぁ。

 私は「いいよ~」と呑気に返しておく。っていうか、声を掛けたのは『私から』で間違ってないんだけどね。ヘレナが先に会釈しただけでね。まあいいか。

 それにしても女の私が喋ってるだけでこの反応だと、ヘレナは日常的にナンパ被害に遭っていて、リーゼルはよく助けに入っているんだろうな。大変だな、ギルド支部の受付って。

「でもお仕事中に長話するところだったね。私も連れが居るから、もう行くよ」

「お引き止めして申し訳ございません。御用があればいつでもお越し下さい」

「うん、ありがとう」

 ヘレナとリーゼルは揃って丁寧に頭を下げてくれた。二人に軽く手を振ると、少し離れた場所で待ってくれていた女の子達に目配せしてから、また歩き出す。

「誰?」

「多分あれ、初日に受付してくれた人」

 ギルドから少し離れたところで、そう短く聞いたナディアに答えたのは、リコットだった。あの時はリコットと一緒だったもんね。君も良く覚えているね。

「アキラちゃん、もう口説いたの?」

「口説いてないです……」

 ラターシャの言葉に悲しみに暮れる。日頃の行いだとは分かっているし、ナディアは仕事中だったにも拘らず大きな声でナンパしたし、うん、疑う方が普通だね。私が悪いね。

「だけど彼女、『職業柄で』私の名前を覚えてるって言葉が、『嘘』だったんだよねぇ」

 私の言葉に、みんなもちょっと怪訝な顔をする。他に目立った嘘は無かったが、ちょっと気になるなぁ。彼女は何か別の理由で私を記憶していて、でもそれを『隠すべき』と判断したということだ。

「ちょっと覚えとこ」

 この違和感、尾を引くと面倒がありそうな予感がする。

 でも今は考えても仕方がない。情報が少ないので考える余地もあまり無いし。とりあえずは目下の問題、大聖堂に集中しよう。考えを振り払った。

 ナディアが事前に教えてくれていた通り、大聖堂の前では白い一輪の花が大銅貨二枚で売られていた。相場までばっちりだね。大聖堂なら割り増しとかありそうと思っていたが、そんなことは無いらしい。五人分の花を購入し、それぞれに持たせておく。

「あっ、アキラちゃん」

「うん?」

 門から入り口までちょっと距離があるんだけど、歩いている途中、隣に居たラターシャが少し慌てた様子で私の袖を引いた。

「入り口で、ぼ、帽子を取ってる人が居て、その」

「あー」

 なるほど。本当だ。前を歩いていたおじさん、帽子を手に持っている。確かに、ウェンカイン王国も身分の高い人と対峙する時に帽子があると不敬と捉えることが多い。救世主様にご挨拶するのに、帽子を脱ぐのは礼儀なのかも。そう思ったところで後ろからナディアも「ごめんなさい」と声を漏らした。

「そうね、帽子は取ることが多いかも」

 彼女も今気付いたらしい。事前に思い出せなかったことを申し訳なさそうにしているけど、別に大したことじゃないよ。私は魔法を掛けると同時に、軽くラターシャの帽子をポンと叩く。ドレスコードの無い店だと誰も気にしないせいで、最近ちょっと緩んでいたかもね。

「取って大丈夫だよ」

 擬態魔法とは言わずにそれだけ告げる。ナディアみたいに耳の良い獣人族が聞いてるかもしれないので、魔法については外であんまり発言しないようにしていた。でも伝わったようだ。ラターシャが頷いて、帽子を取った。私の手で、軽く乱れた髪を整えてあげる。

「何時間くらい~?」

「お昼までには出よう」

 リコットは「ラターシャの擬態がどれだけ保つか」を聞いたんだろうけど、分かった上でそう応えた。前より私の魔法もやや上達している為、擬態も四時間くらいは保つ。だから昼を超えても余裕はあるが、どの道、お昼になったら私のお腹が減りますから。

 そんなこんなでちょっとした想定外はあったけれど。私達は無事、大聖堂の扉を潜って中へと入り込んだ。

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