第283話_教会の仕組み
翌朝。一人で厨房に下りて朝食を準備してしまった為にこってり絞られた後。
「今日は大聖堂に行こっかー」
昨日はそこまで話していなかったけど、この街に観光で来ていて大聖堂に行ったことが無いってのも後々、言い訳が苦しくなる場面があるだろう。一度は見ておいた方が良いなら、早い方が良いと思う。
と考えたことをわざわざ伝えなくともみんな察してくれたようで、軽く頷き、了承してくれた。
信仰に詳しいナディア曰く、大体の教会は入って最初に祭壇へ祈る。救世主様にご挨拶をするのだそうだ。それが終わってから、教会を見学したり、司祭から話を聞いたりするらしい。勿論、司祭の語る内容は救世主様の武勇伝になる。
「司教って立場もある?」
「ええ。司祭様を統括している立場の方、という認識で合っていれば、いらっしゃるわ」
それなら司教の意味合いは私の認識と一緒だな。こういう組織構成って、人間が社会を形成すれば似るものなのかもしれない。ふんふんと頷いていると、リコットが少し身体を傾けて、隣に座っていたルーイに近付いた。
「ナディ姉の言ってることが分からないんだけど、ルーイ分かる?」
「分かんない」
あー。ナディアがあっさり答えてくれるから一般的な知識と錯覚しそうになったが、そうではないのか。ナディアも二人の言葉に、少しバツが悪そうな顔をした。
「ごめんなさい、先に言うべきだったわね。私は他の地域出身者よりも、この辺りは詳しいと思うわ」
さもありなん。昨日も聞いたけど、ナディアは信心深い町で生まれ育っている。こういう話も、彼女の故郷では日々の暮らしの中で耳に入ってきて、勝手に覚えてしまうらしい。
「だから、別に知らなくてもいい知識ではあるけれど。司教様は王族から正式に任命された人でなければいけないの。司祭様は、司教様から直接教育を受けて、認められている方、とされているわね」
「ほうほう」
救世主信仰を組織図にすると、王族がトップで、その下が司教、司祭と続くわけね。理解。
朝食を取りながらこの話を聞いていたけれど。みんな食後のコーヒーや紅茶を飲み終えたら、身支度を始める。善は急げと言うか、やるべきことは、早く済ませてしまおうということで。午前の内に行きましょう。
「何か供える物は必要なの?」
「ほとんどの場合は白の花を一輪。大体が教会前で販売されているわね。大銅貨二枚くらいが相場よ」
きっとその花の売り上げが教会の運営費用になるんだな。でも別にそれは入場料とかではなく任意で、持ち込みのものでも可、危険物でない限りは花以外でも可なんだと。
「剣とか奉納したがる冒険者も居そうだけど、武器は、危険物だよねぇ」
救世主が平和の象徴であることを思うと、冒険者じゃなくても、兵士や騎士とかがさ。そう思って尋ねると、ナディアが軽く頷く。
「そういう場合は司祭様と相談ね。一般の持ち込みと同じようには置けないから、時間外に予約して奉納に来るとかは聞いたことがあるわ。教会ごとに対応は違うでしょうけれど、理由があれば武器の奉納も可能のはずよ」
「へー」
本当に詳しいねナディアさん。助かるなぁ。感心と感謝の念が先に浮かんで、一秒後に、おや? と思う。
「待って、時間外? 時間制限があるの?」
二十四時間ずっと開放されているような印象を抱いていたが、違うらしい。
「教会は普通、朝八時に開いて、夜八時に閉まるよー」
健全なスーパーみたいな営業時間だな。これはリコットが答えてくれた、ってことは、これは一般的な認識なんだな。なるほど。ずっと開放されている教会みたいなものは普通には存在しないらしくって、あるとすれば司祭も司教も居ない、無人となった――悪く言えば放棄された教会だけらしい。
救世主様を祀る教会を放棄しても良いのかと疑問にも思うが、魔物に占領されてしまった廃村にあるものや、老朽化や災害によって破損したけど修繕費用が出せない場合など、多くがどうしようもない状況であるとのこと。そんなところ、開放されていても誰も行かないね。
「開いてる時間に行けない人がお供えを入れるポストもあるよねー」
「あー、あったねぇ、うちの村だと酔っぱらったじいちゃんがそこにお酒を流し込んでさ、大騒ぎになった」
「アハハ! ひっどい話!」
思わず声を上げて笑っちゃった。しかし、他の子らよりやや信心深い育ちであるナディアには受け止め難いことだったようで、少し青い顔で眉を寄せている。その様子を見たリコットはちょっと慌てて、顔の前で両手を振った。
「あ、いや。じいちゃんは酔ってただけで、お酒を奉納したかったらしいよ。翌日、奥さんに連れられて教会前で土下座しててさー」
可愛いおじいさんだな。面白すぎる。結局、教会の掃除には村の人が何人も駆り出されて大変だったとか。リコットは当時まだ幼かった為、お酒の匂いがしている間は教会に近付かないようにと言われたらしい。そりゃそうだ。
「この話、大聖堂ではしちゃいけないっぽいね」
ラターシャが苦笑しながらそう言うと、リコットが「気を付けるよ」と言って肩を竦めた。さっきのナディア以上の拒絶反応が出る人が、此処の大聖堂には多そうだ。
「予行練習が出来たところで、さ、行こうか?」
中々、不安が募って出発できなかったが。リコットがオチを担当してくれたところで揃って宿を出る。私が先頭を歩いて、ラターシャが隣を歩いた。別に決めていないけど、何も無ければ歩く位置って自然と決まっていくよね。三姉妹は、人の邪魔にならない限りは三人が横並びで、邪魔になりそうならリコットとルーイが並んで、一番後ろにナディアが歩く。足場の悪い場所になると身体能力の高いリコットが一番後ろに変わっているので、姉二人は何か相談でもしているのかもしれない。
私達は宿から真っ直ぐに中央通りを目指して、そこから南下していく。裏通りから向かうことも出来そうだが、まだ馴染みの無い街で裏を歩くのは朝とは言え危ないかもしれないからね。何かあればまた私が人を殺す羽目になっちゃう。
そんなことを考えながら進んでいた道中、冒険者ギルド支部の看板が見えてきた。
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