第281話

 さておき、初代と二代目が戦った南部には彼らに関する多くの逸話が残り、強い信仰が生まれるというのは納得できる理由だ。そんな彼らを讃える為に大聖堂が建設されたというのも。ジオレンの大聖堂はウェンカイン王国に存在する宗教建築の中でも、王都にあるものを除けば最大であるらしい。

 ちなみにこの大聖堂は二代目が戦った時代の少し後で建設されており、三代目よりも前の為、前線が北西だった点が考慮されない建設場所なんだとか。ただ、救世主は常に一個人と言うよりはまとめて祀られていて、此処の大聖堂で三代目も祀られているし、三代目の戦線であった北西部に建てられた教会などで初代や二代目も祀られている。特に区別は無いようだ。

 そしてナディアの故郷では日々の祈り以外にも、結婚式を挙げる時や特別な催しの際、必ず救世主信仰が関わり、祈りの儀式があると言う。勿論、勝利の日の祝祭もある。ただそれはリコットやルーイが知るものよりも少し厳粛な祈りの場が用意されるのだとか。

「王都では更にしっかりと祈りが捧げられると聞くわ。王族が祈るのよ」

「彼らの血で呼ぶらしいからねぇ、救世主は。なるほどねぇ」

 私の声に少し呆れた色が混ざったからか、ナディアが気にした様子で視線を向けてくる。ごめん、大丈夫だよ。笑みで応えておいた。

「ところでラターシャ、エルフの里では、大きく違うのかしら」

 徐にナディアが問い掛ける。目的を思えばエルフの文化を今共有することは必要なことではない為、私に気を遣って話題を少し変えたのか、単にナディアの好奇心か。一方、問われたラターシャは彼女の意図を気にする様子など全く無く、素直に回答を考えているようで、首を傾けていた。

「エルフ族は、神様も同じくらい大切に信じてるの。だから、救世主様に祈る為の祭壇と、神様に祈る祭壇、どっちもあるよ」

「秘宝も、『神』が作ったものと言い伝えられているらしいからね」

 私も付け足した。エルフに関しては私も語れますからね、緑の秘宝のお陰でね。

 というか、神の存在が薄いウェンカイン王国の文化に対して私が困惑するのはそのせいもある。エルフらの文化では、神の存在はむしろ私の知る文化よりも大きいから。

 ヒルトラウトも『神事』の話をちらっとしていたが、春夏秋冬、それぞれ豊穣やら何やらと神様に祈る儀式があって、いずれも全員参加。そして救世主に関する行事は二つで、平和を祈る行事と、魔除けの行事だ。どちらも時期が違う。魔除けは新年早々に行われ、平和の祈りは淡紅の月だから、多分、ウェンカイン王国が行っている『勝利の日の祝祭』と平和の祈りが一致してるっぽいね。

 なお、魔除けの行事は、腕自慢の男達が勝ち抜き戦をして、一番を取った者はその年、救世主様の加護があるって信じられているらしい。残念ながら現代の救世主はエルフを殺そうとしたが。

「それにしても……聞くほど、申し訳なく思うよ。エルフはともかく。あー、そうだな、君らに」

「私達?」

「うん。私という存在で、夢を壊した気がする」

 日々祈りを捧げていたナディアなんかは特に、どんな気持ちでこんな、むちゃくちゃで身勝手で横暴で女好きなだけの当代の救世主を受け止めているのだろうか。

 そう思って言った。ちょっとみんなは笑うんじゃないかって思っていたんだけど、むしろ全員が一斉に、神妙な顔をして視線を落とした。えっ、何で。

「どうしたの」

 思わず尋ねてしまう。だけど誰も視線を上げてくれない。何故?

 少しの沈黙の後、口を開いてくれたのは、最も信仰が強そうな経歴を持つナディアだった。

「いえ……夢が壊れたというよりは、現実を突き付けられた、というか」

 そういうことを『夢を壊す』と言うのでは?

 真剣すぎる彼女の表情に、突っ込んでいいのか迷って黙ると、ナディアは私の思考など気付かずに続ける。

「救世主様を、私達はただ『救ってくれる存在』として求めるだけで。私達と同じように家族や故郷もあって、それを失う痛みも悲しみもあるって、そんな当たり前のことを失念していたの」

 懺悔するみたいな声だった。みんなも、ナディアに同調するみたいに悲しい顔を見せる。

「アキラと出会って、それを知ったことを後悔してないわ。今まで考えもしなかったことを、むしろ恥ずかしいと感じてる」

「私も同じだよ」

 リコットがそう言って同意を示したら、ラターシャとルーイも静かに頷いていた。みんなが優しくてお姉さんは泣きそうですよ。それ以上みんなが苦しい気持ちを抱えないようにと願いながら、私は殊更柔らかく笑みを浮かべた。

「みんなは悪くないよ。私にとったら『神様』が似たような存在だ」

 私は、信仰心というものを持たない。かといって別に、否定的でもない。つまり『どうでもいい』のだ。

 だけど新年を迎えたら家族や友達とわいわい初詣に行って、賽銭箱に小銭を投げ入れる。普段は神様に対して何にもしていないくせに「良い事ありますように」みたいな願い事をする。神様はそんな私からそんな風に願われたからって、何かしてやる義理が何処にあるんだろう。

 そもそも、私は参拝する神社で祀られている神様が何処で何をしてそこに祀られているかなんて、ほとんど知らなかった。知らないくせに、手を叩いて身勝手に祈る。もしも祀ることに縛る効力があるとすれば、神様は祀られて喜ぶどころか、人間を恨んでいるかもしれないのに。今の私みたいに。

 今までごめんね神様。実際がどうかは知らないけど、考えたことも無かったってことが、同じなんだよな。

「だから私は、救世主を祈る人々全てに恨みがあるわけじゃないよ」

 丁寧に伝えたつもりだけど、まだみんなは申し訳ない顔をしていた。まあ、そんな優しい君達だからこそ、私に寄り添ってくれているんだと思うよ。ありがとう。でもあんまり、気に病まないでほしいんだよな。

 そう思っても言葉だけで慰める術は思い付かなくて。お話はそこでお開きにした。とりあえず三姉妹が教えてくれた救世主信仰について知ってれば、立ち回りで今後は大きな失敗をしないだろう。

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