第280話

 うーん、慣れない。ここまでの文化の違いって強烈だ。私の世界では国を越えても神は当たり前に存在していた。こんなにも神の影が薄い文化は初めてだ。強い信仰はあるのに、その先が神じゃない。私の世界にも神でなく人を信仰する宗教はあったけれど、『神を強く信仰する考えを国民のほとんどが根底から理解しない』というのは、あまりにも大きな隔たりだ。

 みんながつい「救世主」と呼ぶ理由も分かってきた。私が「神」を特に意識せず「神様」と口にするように、敬う対象として馴染み過ぎていて、「様」までで一つの単語なんだ。

「私の村にも勝利の日の祝祭はあったよ、まあ大体ルーイと同じ感覚。その日は賑やかだったな~って感じ。ちょっとご馳走も食べられるし。ただ、毎日お祈りってのは無いねぇ。ルーイの育った孤児院がめちゃくちゃ信心深かったんだと思う」

 日々お祈りをする人達が存在することはリコットも知っていたらしいが、実際に会ったのは初めてだと言う。娼館で会った同僚らの中にも、食事の際に祈るような子は居なかった。だからルーイの話を聞いてリコットもちょっとだけ驚いていたんだって。なるほど。わざわざこんな風に昔話をするようなこと、娼館でも組織でも無かったんだな。

 その時、ナディアが何か言いた気な顔をして首を傾けたから、リコットが言葉を止めて彼女を見つめる。視線を受け止め、ゆっくりと口を開いたナディアが言ったことは、最初に言いたかったことだったかは分からない。

「国境沿いで、地下暮らしをしなくてはならないほど争いが多い場所だったことも、おそらく理由の一つね」

 そっか。争いや魔物に関する祈り先が救世主、だったな。なら、そういう悩みが多い場所ほど信仰が強い可能性はあるね。リコットも納得した様子でうんうんと大きく頷いた。ルーイは当時のことが薄っすらとした記憶しか無く、実際のことは分からないと小さな肩を竦めていて、ちょっと可愛かった。

「とりあえず私もこれくらいかな。次はナディ姉よろしくー」

 ナディアはリコットの言葉に頷きつつも、少し戸惑っているというか、何か言葉を選んでいる顔をしている。さっきまでは普通だったのに。どうしたんだろう。いざ話すとなると、難しいなって思ってるのかな。

「私は、南部の生まれなの。此処からは更に西に行かなければならないけど」

 つまりジオレンから近いのか? と一瞬思ったものの、ウェンカイン王国って南北よりも東西の面積が大きいから、緯度だけが近いのかもしれないな。まあ今は良いだろう。

「ウェンカイン王国の南西側は、海を渡った先にダラン・ソマルがあるのよ。あの国は獣人族も多いでしょう。祖父が確か、そちらにルーツを持っていて」

「なるほど。港町か何処かで出会って、その近くで定住した感じか」

「ええ、そう聞いているわ」

 ダラン・ソマル共和国。クラウディアが説明してくれた四つの国の一つで、昔は別々だった多くの国が一つになったのだ。そして獣人族を含め、少数民族が集まっている国だと聞いた。クラウディアが教えてくれたことはみんなにも伝えているから、全員の予備知識は同じだ。改めてのダラン・ソマルについての詳しい説明は誰も必要なかった。

「私の生まれた町では、日々の生活の中で祈りを捧げる家はとても多かったわ。私も……そうして育っているの」

「えっ! じゃあ知らないの私だけじゃん!? 嘘だぁ!?」

「あははは!」

 リコットの話の途中からずっとナディアが変な顔をしていた理由が分かりました。祈る方を『特殊な例』として説明していたリコットだったが、この瞬間、リコットが少数派になってしまったのだ。「実際に会ったのは初めて」「娼館でも見なかった」はずだが、此処に二人も居る。今まで知らなかったことも相まって、リコットが目を白黒させていた。

「でも、国の中で見れば、祈る方が少数派なのは事実なのよ、私とルーイにその経験があるのは偶々だから」

 不憫にもリコットが項垂れてしまったから、一生懸命にフォローするナディアが可愛い。ナディアの説明に『本当』が出ているし、リコットの言葉も全く間違っていなかったよ。ただちょっと衝撃の事実だったよね。私も一緒に慰めておいた。ちらっと視線を向けたら、ルーイは笑っていた。こらこらこら。私らが慰めてるでしょ。このタイミングで笑ったらダメでしょ。

「えーと、ナディ、共和国とウェンカインは仲が悪いとは聞いていないんだけど、どうして君の故郷はそんなに信仰が強いのかな?」

 話を逸らそう!

 慌てて尋ねるとナディアは少しの間だけ目を瞬いたものの、意図を理解してすぐに頷いてくれた。

「ええ。だから私の町の場合、争いが多くてそうなったわけではないわね。南部には、救世主様の逸話が多く残っているのよ」

 あー、なるほど。そこから、大聖堂の場所を『南の方』だと記憶してる人は多いって話に繋がるわけだ。色んな疑問が晴れていく。もっと早く教えてもらえば良かったな。反省。

「どの代の魔王も、『海』から来るんだよ。確か初代と二代目の戦線が、南部だった」

 いつの間にか立ち直ったらしいリコットがそう付け足した。この話は、エルフ族の知識にも含まれている。

 外海は魔物が多く、外への探索はどの種族もほとんど叶っていないようだ。そしてその、手の届かない場所から魔王がやってくる。そんなことが何度も繰り返されると、人々はこう考えた。外海の遥か向こうには魔が蔓延はびこる大陸が存在していて、人が監視できない場所で徐々に力を強め、魔族や魔王として人の住む大陸を侵しに来るのではないかと。

 この辺りはエルフらと現代の人族とで認識が一致しているみたいだ。ナディアらも私の話に頷いていて、訂正は無いと言った。

「三代目の戦線は?」

「私が聞いてる話では、北西?」

「ええ、そのはずね」

 本当らしい。色んな方角から来るんだねぇ。となると、次が何処から来るかも予想は難しそうだ。ただ、内陸に突然発生するものではないと分かっているのは助かる。

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