第278話

「まずあたしのお勧めは、市場の西端でおばあさんがやってる干し肉店だね。これが重めのワインによく合うんだよ」

「へえ~! それは最高な情報だ」

 ポケットから紙を取り出して、教えてくれる店の名前と位置を書き取る。いや、一回聞いたら覚えられるから実際は要らないんだけど、「へ~」って言うだけじゃ感じ悪いでしょ。聞いてますよ、興味ありますよってアピールであり、礼儀なのよこれは。

 そのお陰か、元々の親切心かは分からないけれど。ブレンダは美味しいパン屋やケーキ屋に至るまで、色んなお勧めを教えてくれた。その辺りはルーイとラターシャも私に倣って熱心にメモしていて可愛かった。

「それからジオレンと言えば、何と言っても大聖堂! 最南端にある大聖堂は、一目だけでも見ておく価値があるよ」

「大聖堂かぁ。それは」

「――救世主様を祀っている大聖堂ですよね。ジオレンにあったんですね」

 珍しく、私の言葉を遮るようにナディアが入ってきた。一瞬びっくりして、直後、彼女の言葉の意味に気付いて口を閉ざす。ブレンダは私の反応に気付く様子無く、大きく頷いた。

「そうそう! みんな『南の方』ってだけ記憶していて、此処だと知らないことが多いのさ」

 あ、あ、危ねぇ~~~!

 救世主を祀る大聖堂の存在は有名なんだな。危うく「何を祀っているの?」と問うところだった。聞いたら間違いなく変な顔をされてしまっただろう。言い訳が何も思い付かないわ。本当に危なかった。ナディアさん超ファインプレー! 生涯一緒に居て! ……と、後からでも伝えたらすんげえ冷ややかな目で見られるだろうなぁ。心の中で叫ぶだけにしておこう。何にせよ助かりました。

「信心深い人達は年に何度も来るからね。聖堂近くは、救世主様への軽口を控えた方がいいね」

「はは、そうするよ。ありがとう」

 有益な情報が盛り沢山だった。良い人だな~。親世代から街に居るなら他の人より詳しいだろうし、今後もお世話になろう。ということで。

「色々教えてもらえて助かったよ。何か買って行こうかな。足りないものあったっけ?」

 日用雑貨のお店だから、何かしら必要な買い物があるだろう。一番きちんと把握してそうなナディアを振り返ると、店先に視線を滑らせながら軽く頷く。

「入浴時の石鹸が少なくなってきたかしら。あとは、アキラの落書き用の紙じゃない?」

 落書きじゃないですが!? 図面ですが!? 図面って言うのを避けたにしても落書きは酷くないか!?

 心の中で激しく主張しつつも口には出さない。此処は市場の真ん中なので。でも他三人がくすくすと笑っていて悔しい。ちくしょ~何を笑ってんだ~可愛い顔しやがって~。

「はいよ、紙と石鹸だね。ええと、紙はそっちに積んであるのが全部だね。石鹸は色々あるけど、安いのが良いかい?」

「いや素材と香りが良いもので。値段は気にしないよ」

「おっ、そりゃ良い客だ。じゃあこれはどうだろうね。貴族様も使うから、使い心地も最高の一級品だよ」

 ほう! それはいいものが置いてあるね。上等なものは貴族御用達の専門店に行かないと手に入らないと思っていた。値段は今使ってる石鹸の約十倍するけれど、香りも良いし、質が良いのは事実のようだ。

「うん、気に入った。これにするよ、五個ちょうだい」

 注文数に一瞬ギョッとしていたけれど、私達が五人だから一人一個ずつとして納得してくれたのか、何も言わずに包んでくれた。合わせて注文した紙も一緒に。

「また来るねー」

 店を出て、ブレンダに手を振る。「何も五つも買わなくても」と少しナディアが呆れていたけれど、まあ、すぐに悪くなるものじゃないし、沢山あっても良いじゃん。みんなに一個ずつ、後で渡すね。

「それより、さっきはありがとうね、ナディ」

「……どういたしまして」

 片眉を軽く上げて、小さく返事をくれる。横から手を伸ばして頭を撫でたら、こっち側の猫耳がぺたっと倒れた。そしてすぐに頭を左右に振られる。嫌ですか。そうですか。

 その後も市場を一通り見て回って、端にある食堂でお昼を取ってから、中央通りは一番南まで確認した。途中で一回、カフェ休憩も入れた。昨日のカフェも静かで落ち着いた雰囲気だったし、中央通りにあるカフェは何処も安心して使えそうだ。

 ただ、洋服店があんまり無いな。店数が少なくて、ピンとくる外観の店は見付からない。でもまあその辺りは、また飲み歩く時にでも、可愛い服を着た女の子達に聞けばいいか。その代わり、本屋は幾つかあった。少し通りを覗けば、酒場や食堂も。のんびり開拓していこう。

「大聖堂は?」

「……予備知識なしではあんまり近付きたくないよ、さっきのこともあるし」

 思えば、救世主に関する情報を私は少し避けていたのかもしれない。今まで三姉妹やラターシャに詳しく聞こうとしていなかったし、この世界で多くの書物を読み漁っていたのに、救世主について書かれているものは一冊も見ていない。

 その形での知識の偏りはこの世界じゃあまりにも不自然だ。今回の件で、痛感した。

「ちょっとみんなで話してからの方がいいかもね。ラターシャも」

 私の顔を軽く覗き込むようにしてから、リコットが言う。緊張した顔になっていたかな。心配させてはいけない。そして私と並べるように呼ばれたラターシャも、その言葉に頷きながら苦笑いしていた。ラターシャは閉ざされたエルフの里で育った子だ。里の外の『救世主信仰』とは認識に大きな差がある可能性がある。

 とは言え、街の最南端まで来たら折角なので。私達は大聖堂が見える場所まで移動することにした。遠目に確認するくらいなら問題ないだろう。

「へ~、遠くから見ても大きくて立派だねぇ」

 下手な貴族の屋敷よりでかいな。城か?

 目立ち過ぎないように驚きの言葉を小さく控え目にしたが、大聖堂の姿は想像以上だったので内心かなり驚いていた。

「思っていたより人が多いのね。あれは人……よね?」

「うん、沢山の人が出入りしてるよ」

 ナディアの疑問にルーイが答えている。そういえばナディアは昼間だと人族より目が悪いんだったな。何かの影が動いていることしか分からないらしい。

 此処の大聖堂は神聖な場所という認識はあっても、どうやらあまり厳粛な雰囲気ではないと思える。人々の生活に溶け込んでいるタイプの公民館って感じかな。

「今日はこれくらいでいいか。じゃー、ワイン買ってから帰ろうか?」

「そうだったわね」

 ええ。まだワインを買っていません。とりあえず第一回ジオレン観光は区切りが付いたので、帰りにもう一回市場に立ち寄って、まず今夜飲むものを選びましょう。

「アキラちゃん、私も飲みたい!」

「勿論いいよ、成人済みのリコットさん」

 今まではナディアしかお酒に付き合わせられなかったけど。これからはリコットも堂々と飲めるんだよね。ちなみに喜ぶリコットの横で、ルーイが「いいなー」と笑っていた。うーん、君はまだしばらく先だねぇ。

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